差動増幅を使ったヘッドホンアンプ
懸案であった差動増幅を使ったヘッドホンアンプを作りました。しかし、差動増幅を使いたいならば、オペアンプを使うのが近道です。部品点数も少なく、動作は安定するはずです。しかし、今回は敢えてディスクリートな差動増幅を使ったヘッドホンアンプを作りました。
差動増幅のメリットとデメリット
差動増幅回路のメリットとデメリットを幾つか挙げてみたいと思います。
メリット
- 直流の増幅ができる
- ノイズを拾いにくい
- 負帰還を行うことで低ひずみ化できる
- 電源投入時のポップノイズが無い
デメリット
- 直流も増幅してしまう
- 二つの電源が必要(+電源と-電源)
- ドライブ能力が低い
直流の増幅はメリットでもあり、デメリットでもあると考えています。仮に、直流電流が入力された場合、出力にも直流電流が出てしまいます。これが大きかった場合、接続されたヘッドホンやイヤホンに悪影響を与える可能性があります。その一方で、帯域の広いアンプは気分的に良いものです。たとえ聞こえないような周波数であっても増幅できるアンプは優れていると感じます。これは、錯覚でしかありませんが気分の良いものです。
そして、ノイズを拾いにくいというメリットは、差動入力とした場合です。今回作ったヘッドホンアンプは、アンバランス入力ですので、グランドラインから入り込んだノイズは除去されません。
しかし、個人的に最も大きなメリットだと思うのはポップノイズが無いことです。これは、信号経路にカップリングコンデンサが無く、+とーの二つの電源によって駆動されることによって得られるメリットです。
これまでの失敗の原因は?
差動増幅回路は、これまで幾度となく挑戦しましたが、オリジナルで設計したものはすべて失敗しました。私自身は電子回路についての教育は受けていません。そのため、ネット上で色々と情報を集めました。しかし、回路定数の算出根拠について明確に説明しているものは見つかりませんでした。そこで、闇雲に回路を組んでいました。しかし、そんなやり方で攻略できるほど簡単なものではありませんでした。
そこで、今回は差動増幅のお手本として、オペアンプの等価回路を子細に見ていきます。等価回路を解析することで、何とか差動増幅回路をモノにするのが今回の目的です。
差増増幅のお手本、オペアンプの等価回路
今回お手本としたのは、μA741というオペアンプです。これは、1970年代に世に出たオペアンプで、登場から50年を経過した現在でも入手可能です。つまり、登場から50年経過した今日でも需要があるということです。そんな優れた設計のオペアンプをお手本に選びました。
これは、ICの中身の回路ですので、そっくり真似することはできません。例えばマルチコレクタのトランジスタは入手できません。そのほか、カレントミラーはICのダイに均一に作り込まれたトランジスタだからできる技です。単体のトランジスタは、個体毎のばらつきや、不完全な熱結合によって、均一な動作をしないと考えた方が良いでしょう。しかし、信号の流れを追うことはとても参考になります。
お手本の回路を追う
等価回路の中から、信号の流れに沿って主だった部分を見ていきましょう。先ずは①の部分です。入力をいきなりエミッタフォロワで受けています。恐らく、これは入力インピーダンスを目いっぱい高くし、微小信号も取り扱えるようにするためだと思います。
次に②のベース接地回路で、電圧増幅を行います。同時に、反転信号と非反転信号が合成され、差分が③のエミッタフォロワに送り込まれます。
③のエミッタフォロワでバッファリングされた信号は、④の部分で二回電圧増幅を行っています。この部分は反転増幅です。したがって、反転増幅を二回繰り返すことで位相を元に戻しています。十分に電圧を高めた信号は⑤のバイアス回路に送り込まれ、④から受け取った信号と、Vbe×2(約1.4V)高めた信号の二つの信号を作っています。
⑤で作られた二つの信号を⑥のプッシュプル電力増幅回路に送り込んでいます。電圧差を持った二つの信号でプッシュプル回路を駆動することで、AB級動作とし、スイッチング歪を無くしています。
差動増幅ヘッドホンアンプの設計
等価回路の解析で、差動増幅回路の出力直後には、エミッタフォロワが置かれていることが解りました。これは、差動増幅回路の出力インピーダンスが高く、低いドライブ能力を補うためでしょう。これまでの失敗は、このことを知らなかったためであることが、お手本を見ることでわかりました。
ヘッドホンアンプの増幅度は、経験上15~20dBが使いいやすいと考えています。しかし、今回のヘッドホンアンプは、増幅度4倍(電圧利得約12dB)としました。これは、ヘッドホンアンプとしては、やや低い値です。しかし、これはシミュレーションの結果を踏まえた結果です。これ以上増幅度を大きくすると、歪みが大きくなるためです。できるだけシンプルに、部品点数が少なくなるように配慮して設計しました。
増幅度を12dBに抑えることで、バッファ後段の電圧増幅段を省略しました。その代わりに、バッファを2段構成にすることで、負荷変動の影響が差動増幅段に及ばないように配慮しました。なお、使用部品は手持ちのものを使用しました。差動増幅とバッファに使用したトランジスタBC547Bは非常に安価で、購入時の価格は100個で60円程でした。安価で入手性が良いことから、東南アジアでは良く使われているようです。性能的には2SC1815と同程度で、使いやすいトランジスタだと思います。
性能試験
いつものように、ユニバーサル基板上に回路を組みました。そして、信号を入力し、出力波形を観察したのですが・・・。
失敗です。全然ダメです。出力信号がマイナス側にオフセットしています。また、+側は十分に増幅されておらず、波形は歪んでいます。しかし、幸いなことに原因は簡単にわかりました。+側と-側の波形が異なるということは、+側と-側を分けて処理している部分に原因があるということです。
該当するのはバイアス回路と電力増幅回路です。しかし、電力増幅回路には定数を設定する部分がありませんので、問題はバイアス回路に絞り込まれます。結局バイアス回路の-側のバイアスが不適切であることがわかりました。LTSpiceでのシミュレーションでは問題はありませんでしたが、実機優先で修正を行いました。なお、前掲の回路図は修正済みです。
性能試験 再び
では、いつものように出力波形を観察しましょう。先ずは矩形波です。
さすが、差動増幅です。1Hzでもちゃんと増幅出来ます。信号の乱れも無視できるレベルです。
次に、矩形波1kHzです。
僅かにオーバーシュートが出ていますが、無視できるレベルです。波形、振幅とも問題ありません。
次に100kHzも見てみましょう。
ここまで周波数を上げると、わずかに角が丸まってきます。次に、蛇足ではありますが1MHzも見てみましょう。
角はぐっと丸くなってきます。心配していた発振は見られませんので、発振対策はしなくてよさそうです。なお、20mV程-側に信号がオフセットしています。仮に16Ωのヘッドホンを接続したときの電力に換算すると25nW程度にしかなりません。したがって、このオフセットは無視できる範囲です。また、接続機器に悪影響を及ぼすことは無いと判断します。したがって、オフセット対策は行わないこととしました。
性能試験 正弦波
次に、正弦波を入力した時の出力波形を観察します。先ずは、正弦波1kHzのときの出力波形です。
波形に目立った乱れは無く、ノイズらしきものも見られません。良い波形だと思います。次に100kHzを見てみましょう。
これも問題なさそうです。次は1MHzを見てみましょう。
これも言うことないですね。では、リニアリティーを見るために、三角波と階段波を見てみましょう。
波形を構成する線に歪みは見られません。
一番下の段に若干の傾きが見られる以外に問題はありません。各段の段差も揃っています。
100kHzまで周波数を上げてみました。各段は1MHzの周波数となります。角は丸みを帯びていますが、大きな乱れはありません。
ついでにスルーレートの測定を行ってみました。測定結果から、スルーレートを算出した結果、24V/μsとなりました。悪くない数値だと思います。
差動増幅ヘッドホンアンプのまとめ
これまで、苦手意識を持っていた差動増幅アンプですが、何とか使い物になるものが出来上がりました。これも、μA741のデータシートを元に、回路をLTSpice上でプロットし、シミュレーションを繰り返した結果です。シミュレーションの回数は恐らく三桁に上ると思います。おかげさまで、なんとか動くものが作れるようになりました。また、添付した測定結果のとおり、波形の乱れも無視できる程度しかありません。今回作った回路については、特にバッファ段が少しおかしな構成になっています。また、バイアス回路も若干調整したほうが良いように感じています。近々ブラッシュアップしたものを作ってみようと思っています。
※2023/12/29:μA741の解析について、誤りがありましたので、修正を行いました。