低ノイズトランジスタでヘッドホンアンプを作る
低ノイズトランジスタでヘッドホンアンプを作ってみました。これまで、BC547とBC557というトランジスタを好んで使っていました。このトランジスタは安価で、入手性も良好です。このトランジスタの低ノイズ版として、BC550とBC560があります。今回は、この低ノイズトランジスタを使って、ヘッドホンアンプを作りました。
低ノイズトランジスタはどのくらい低ノイズなのか?
BC550が、BC547と比較してどの程度低ノイズなのか、データシートを見てみましょう。
NFを比較すると、BC547の標準値は2dBですが、BC550では1.4dBとなっています。また、最大値はBC547は10dBですが、BC550は4.0dBです。確かにBC550は低ノイズとなっているようです。しかし、実際に聴いてわかるほどの差があるのかは、非常に疑問です。BC547で作ったヘッドホンアンプの音を聞いて、ノイズが多いと感じたことはありません。というよりも、ノイズを感じたことがありません。つまり、今回作ったヘッドホンアンプで、ノイズが減ったと感じることは無いでしょう。しかし、今回作るヘッドホンアンプには、もう一つの意図があります。
もう一つの意図、それはオープンループゲイン
最近は、専ら差動二段増幅のヘッドホンアンプを作っています。しかも、かなりの数を作っています。そろそろやりつくした感も出てきました。そこで、集大成と言えるような、最高のヘッドホンアンプを作ってみたいと思いました。
入力信号を正しく増幅するという目的に於いて、究極のアンプはオペアンプです。これまで作ってきたヘッドホンアンプは、オペアンプの等価回路を参考にしています。ディスクリート構成にすることで、高出力化を図ってきました。しかし、オープンループゲインは、オペアンプに遠く及びません。今回は、オープンループゲイン重視の設計としました。オープンループゲインを大きくすることで、究極のヘッドホンアンプを目指します。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ回路図
下図が、今回作るヘッドホンアンプの回路図です。なお、以下の回路図は、1チャンネル分です。ステレオアンプとするため、実際には下の回路が二つ必要となります。
回路図上はBC547とBC557となっています。しかし、実際の組み立て時にはBC550とBC560を使用します。帰還抵抗Rfを外し、シミュレーションを行いました。その結果、オープンループゲインは52dBとなりました。しかし、この値はオペアンプには遠く及びません。定電流源やカレントミラーを使えば近づけられると思います。しかし、そこまですると位相補償が必要となるでしょう。しかし、信号経路にコンデンサを入れたくありません。したがって、オープンループゲイン52dBで我慢することにしました。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ組み立て
以前作った、高密度実装基板に部品を植えて、ヘッドホンアンプを組み立てました。
今時、抵抗を立てて実装することは珍しいと思います。そもそも、スルーホール基板というところが時代遅れかもしれません。しかし、小さな基板に、ギチギチに部品を詰め込んだ密度感が、たまらなく好きです。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ性能試験:オフセット測定
私が好んで作っているヘッドホンアンプは、信号経路にコンデンサがありません。普通は、安全のために出力に入れるカップリングコンデンサがありません。そのため、致命的な欠陥があります。それは、出力への直流電流漏洩です。出力のオフセット電圧が小さければ、漏洩電流も小さくなります。しかし、これが大きくなれば、接続したヘッドホンに悪影響を与えます。最悪の場合、ヘッドホンのボイスコイルを焼き切ってしまいます。その為、出力のオフセット電圧が、十分小さいことを確認しておかなければなりません。
出力オフセットは、温度によって変化します。したがって、過剰に神経質になってはいけません。オフセット電圧が、数十ミリボルト程度であれば、実害は無いでしょう。今回作ったヘッドホンアンプのオフセットは1,7mVでした。この値は十分小さく、接続機器に悪影響を与えることは無いでしょう。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ性能試験:矩形波増幅
矩形波を入力し、増幅された波形を観察します。先ずは、1Hzの矩形波の増幅結果です。
今回作成したヘッドホンアンプは、差動層副回路で電圧増幅をしています。差動増幅回路は直流の増幅も可能です。また、このヘッドホンアンプでは、直流成分を排除るためのコンデンサを省略しています。そのため、1Hzという低い周波数の信号でも増幅できます。しかも、増幅後の信号に歪みがありません。非常に美しい出力波形です。
1kHzの矩形波の増幅後波形も目立つ歪みはありません。しかし、子細に見ると、僅かではありますが信号の立下り部分に、角のように飛び出した部分が見えます。これは、オーバーシュートと呼ばれるものです。
次は、20kHzの矩形波です。
20kHz矩形波の増幅結果では、信号の立ち上がりと立ち下がりの部分に乱れが見られます。この乱れは、リンギングと呼ばれるものです。このリンギングは、帰還回路パターンのリアクタンス成分による、位相遅れによって発生します。帰還抵抗(回路図中のRf)と並列に、進相コンデンサを設置することでリンギングは無くせます。しかし、リンギングの周波数は400kHz程で、可聴周波数を大きく上回っています。したがって、聴感への影響は、ありません。したがって、対策は必要ないと判断しました。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ性能試験:正弦波増幅
正弦波を入力した際の出力波形を観察します。出力波形の歪みの有無や、出力振幅の増減を見ることで、大まかではありますが、周波数特性が解ります。
先ずは1Hz正弦波入力時の出力波形を見てみましょう。
1Hzという、低い周波数の正弦波であっても、正しく増幅されてます。
次に1kHzの増幅結果を見てみましょう。
1Hzと同じく、綺麗な波形が再現されています。また、上図右側に表示されている、Vavgが0になっています。つまり、信号のオフセットが無いことを示しています。
次に、可聴限界の20kHzを見てみましょう。
20kHzまで周波数を上げても、波形に乱れは見られません。また、Vavgの値は0mVとなっていますので、全域に亘って信号オフセットは発生していません。また、Vppの値は2.50~2.55Vを示しています。周波数の上昇に従って、増幅率が僅かに上昇していることが解ります。しかし、上昇量はP-Pで50mVです。実際に測定していると解りますが、ボリュームつまみに軽く触れるだけで、この程度の変化はあります。1Hzから20kHzまでで、50mVの変動は、誤差の範囲です。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ性能試験:スルーレート
次に、スルーレート(Slew Rate)の測定を行いました。スルーレートは、信号追従性を示す指標です。以前、手持ちのオペアンプのステップ応答を測定したことがあります。
オペアンプには、オーディオ用の他に、映像信号増幅用などがあります。例えば、オーディオ用として秀逸なNJM4580というオペアンプのスルーレートは意外と平凡でした。その一方で、RFの増幅にも使用できるLT1364のデータシート記載のスルーレートは、1000V/μsというとんでもない値です。実際にステップ応答の測定を行いましたが、信号の遅れは、手持ちの機材では検出できませんでした。
では、信号遅れが全く生じない、LT1364をオーディオに使えば、素晴らしい音がするのでしょうか?答えはNOです。実際にLT1364を使ってヘッドホンアンプを作ったことがあります。しかし、これは大失敗でした。LT1364は酷く発熱しました。これは発振が原因でした。オーディオ用のNJM4580であれば発振しない回路で、LT1364は簡単に発振してしまいました。
つまり、高すぎるスルーレートはオーディオ用として欠点となります。では、測定結果を見てみましょう。
測定の結果、1.26μsあたり1.59Vの電圧変化でした。これを、1μsあたりのs数値に換算すると、1.26V/μsとなります。この値は、古くからオーディオ用オペアンプとして使われてきたNJM4558と同等です。つまり、今回作成したヘッドホンアンプは、オーディオ用として十分な性能を有しています。
低ノイズトランジスタ使用ヘッドホンアンプ性能試験:リニアリティ
最後にリニアリティの確認です。ここでは、電位による増幅率の変化の有無を確認します。
先ずは、三角波の増幅結果を見てみましょう。出力波形が真っすぐな線で構成された三角形になっていれば、電位による増幅率の変化が無いということです。」つまり、歪みが無いということになります。
三角波の増幅結果を見る限り、波形に乱れはありません。つまり、歪みは無いと言えるでしょう。
次に階段波の増幅結果を見てみましょう。階段波は奇数次高調波を含んでいます。そのため、リンギングやオーバーシュートによる影響が顕著に出ます。
階段波の増幅結果を見ると、マイナス側にオーバーシュートが大きく出ていることが解ります。また、プラス側に関しては、波形の角が鈍くなっています。オーバーシュートおよびリンギングは、非常に高い周波数で構成されています。その周波数成分は、20kHz矩形波の結果でも考察した通り、400kHz近辺です。可聴域を大きく超える周波数ですので、聴感への影響は無いでしょう。また、グラフでもわかる通り、オーバーシュートは短い時間で収束しています。したがって、この部分の電力は微小で、ヘッドホンのボイスコイルを痛めることは無いでしょう。
実際に鳴らしてみました
今回は、低ノイズトランジスタを使いましたので、ノイズを感じることは全くありませんでした。ただし、低ノイズではない、BC547、BC557でもノイズを感じることはありませんでした。ノーマルなトランジスタであっても、人間の耳で感じ取れるノイズは出ていないのでしょう。
実際に音楽ソースに接続し、ヘッドホンを鳴らしてみました。このヘッドホンアンプの増幅率は6倍です。デシベル換算で15.6dBです。この値は、ヘッドホンアンプとして、使いやすい利得、15~20dBの範囲に収まっています。ヘッドホンを接続し、心地よい音量が出るボリューム位置は中央より少し手前あたりになります。この辺りはボリュームのギャングエラーが出にくい位置となります。これにより、ギャングエラーによる音像定位のズレは抑えられています。
また、周波数特性は、性能試験の結果を見てもわかる通り、可聴域でフラットです。高域に歪み成分が乗ります。しかし、歪みの周波数は、可聴域のずっと上です。したがって、歪みを感じることはありません。
実際に、出てくる音もフラットで癖がありません。
ノイズ感は皆無、周波数特性はフラット、常用の音量で音像は中央にピタリと定位します。我ながら、よく考えられた設計のヘッドホンアンプだと自負しています。
残された課題
今回の回路は、オープンループゲイン重視で設計しました。オープンループゲインを高めることで、特性は良くなるのか、それを試すことが今回の目的でした。実際に、オフセットは小さい値を示しました。また、スルーレートも悪くない値でした。しかし、20kHz矩形波の増幅では、リンギングが発生していました。リンギングは、差動増幅回路のインピーダンスが高い場合に発生しやすくなります。
過去に制作したヘッドホンアンプでは、スルーレート24V/μsをたたき出したものもあります。そのヘッドホンアンプでは、差動増幅回路のコレクタ抵抗を4.7kΩ、エミッタ抵抗を2.2kΩとしていました。今回作成したヘッドホンアンプと比較して、200分の1程度の低インピーダンスです。確かに、スルーレートは良かったのですが、オフセットは最大で40mVもありました。その一方で、今回の回路では、オフセットは1.7mVしかありませんでした。
個人的には、オフセットが小さく、電源投入時のポップノイズの小さい高インピーダンス回路が好みです。しかし、動作の安定性を重視するなら、低インピーダンスの方が良いのかも知れません。オフセットとスルーレートのベストなバランスを見つけるのが、今後の課題となりそうです。