リベンジヘッドホンアンプ-スルーレート重視
リベンジヘッドホンアンプを制作しました。前回制作した、スルーレート重視ヘッドホンアンプには問題点がありました。その問題点は、過大な信号が入力されると、-側が早々に頭打ちとなります。しかし、+側が頭打ちとなるのは更に大きな信号が入力された時です。つまり、クリップ電圧が、+側と-側で著しく不均衡になっていした。
これは、明らかに設計ミスです。今回は、リベンジヘッドホンアンプを制作します。リベンジヘッドホンアンプでは、設計を見直し、クリップの偏りを縮小します。そして、さらにスルーレートを向上させます。
リベンジヘッドホンアンプを設計する
信号の頭打ち、所謂クリップが+側と-側が不均一となる原因は、電圧増幅を行う差動増幅回路にあります。バッファと電力増幅部には、動作点を変える余地がないからです。したがって、設計の見直しは電圧増幅を行っている、差動増幅回路が対象となります。
差動増幅回路の設計で肝となるのは、トランジスタのエミッタ端子に接続されるエミッタ抵抗です。もちろん、コレクタ端子に接続されるコレクタ抵抗も重要です。
これまで、エミッタ抵抗とコレクタ抵抗の比率は1:2としていました。しかし、これはエミッタ抵抗が概ね100kΩ以上の高インピーダンスな場合に適した比率です。しかし、スルーレート向上のため、低インピーダンス化を図った場合には、不適切でした。その結果、クリップが+側と-側で不均一となる現象が発生しました。
リベンジヘッドホンアンプ回路図
スルーレート向上と、クリップ電圧不均一の解消を両立する回路の設計を行いました。設計においてはLTSpiceでのシミュレーションを繰り返しました。その結果、一段目差動増幅回路の利得を低めに設定すると良い結果になることが解りました。しかし、一段目の利得減少は、二段目で補わなければなりません。そこで、二段目の差動増幅回路の利得を大きくしました。
これにより、一段目の差動増幅回路は、主に歪みの除去と利得のコントロールを受け持つことになります。そして、二段目差動増幅回路は、電圧増幅を行うことになります。つまり、一段目と二段目の差動増幅回路は、それぞれの役割を担うことになります。
以上を踏まえて出来上がった、リベンジヘッドホンアンプの回路図がコレです。
この回路では、一段目差動増幅回路のエミッタ抵抗とコレクタ抵抗を47kΩに統一しました。これにより、利得を低くしました。二段目差動増幅回路では、エミッタ抵抗とコレクタ抵抗の比率を大きくしました。これにより、利得を大きくし、一段目差動増幅回路の低い利得を補います。
また、差動増幅回路全体の低インピーダンス化も図りました。
リベンジヘッドホンアンプの組み立て
今回制作するリベンジヘッドホンアンプで使用するトランジスタは。BC548とBC558としました。このトランジスタは、これまで好んで使用してきたBC547とBC557の低耐圧版です。BC547の耐圧(Vceo)が45Vに対しBC548は30Vです。同時に、Vcboも小さくなっています。しかし、今回制作するヘッドホンアンプは9Vの電池駆動です。したがって、耐圧の差は無視できます。
今回も、JLCPCBで以前制作した、ギチギチ高密度実装PCBを使用します。
そして、出来上がったのがコレです。
性能試験:オープンループゲイン
リベンジヘッドホンアンプは、利得を二段目の差動増幅回路で稼いでいます。これまでのヘッドホンアンプでは、一段目と二段目の合わせ技で利得を稼いでいました。そこで、十分な利得が得られているか、オープンループ利得を測ってみることにしました。
この計測は、帰還信号を遮断して行います。そのため、グランド電位が不安定となり、出力オフセットが顕著となります。したがって、ここでは、振幅(Vpp)に注目します。
上図の青線が入力信号で、P-Pは46mVです。そして、黄色の線が出力で、P-Pは7.66Vでした。利得は44.6dBです。オペアンプのオープンループゲインは100dB超といわれています。したがって、今一歩の結果であることは否めません。
しかし、電圧増幅を二段目の差動増幅回路に集約した割には、利得は確保できているという印象です。しかし、電源電圧が9Vであることを考慮すると、いい線ではないでしょうか。オペアンプの測定条件である±15Vで換算すると、オープンループゲインは、50dBを超えるはずです。
性能試験:正弦波と矩形波
正弦波と矩形波の増幅結果を見てみましょう。
いずれも、綺麗な波形が出力されています。また、振幅も十分に確保できており、振幅の変動も僅かです。見事な特性です。
次に、振幅が最大となる周波数を探してみました。今回のように、位相補償を行っていないアンプでは、位相回転による共振が生じます。この共振周波数と、入力周波数が一致すると出力振幅が大きくなります。この共振周波数が、可聴域から十分離れていれば、聴感に与える影響は小さくなります。
振幅が最大となる周波数は1.6MHzでした。これは、音声周波数を大きく上回る周波数です。したがって、聴感上の影響は全く無いと言えるでしょう。
次に矩形波を入力した時の出力波形を見てみましょう。
矩形波も、綺麗な出力波形です。しかし、20kHzの出力波形に、スパイク状のオーバーシュートが見られます。もちろん、このスパイク状のオーバーシュートによる聴感上の影響はありません。また、接続したイヤホンやヘッドホンに悪影響を及ぼすことはありません。したがって、このオーバーシュートへの対策は必要ありません。
これらの波形を見ていると、昔行ったヘッドホンアンプのステップ応答試験を思い出します。ヘッドホンアンプに高級オペアンプOPA1612を挿した時の出力波形にそっくりです。
性能試験:リニアリティー、スルーレート
ここまでの性能試験で、リベンジヘッドホンアンプの素性の良さは十分に感じました。では、目的であるスループットの向上は図れたのでしょうか?見てみましょう。
先ずは三角波と階段波を入力した時の出力波形を観察し、リニアリティーが確保できているか、確認します。三角波を構成するラインが直線で、ブレが無ければリニアリティーは確保できていると判断できます。また、階段波では、全ての段の段差が均一であることが求められます。
いずれも見事な波形です。リベンジヘッドホンアンプでは、リニアリティーは確保できていますし、目立った歪みもありません。
そして、肝心のスルーレートを見てみましょう。
測定の結果は、106nSあたり1.59Vの出力変化でした。これをマイクロ秒あたりの値に換算すると、15V/μSとなります。電源電圧が9Vであることを考慮すると、無茶苦茶優秀な数値です。リベンジヘッドホンアンプでは、スルーレート向上という目標に、到達できたと言って良いでしょう。
性能試験:出力オフセット、出力クリップ
最後に、出力オフセットと出力飽和時のクリップを見てみましょう。
出力オフセットは、差動増幅経路の低インピーダンス化で、やや上昇しているようです。しかし、それでも一桁ミリボルト程度です。この程度れあれば無視して良いでしょう。もちろん、接続機器に悪影響を与えることは無いレベルです。
そして、出力飽和時のクリップを見てみましょう。
出力が飽和するまで、入力を大きくしてみました。つまり、過大入力状態での出力波形です。全体的に、+側に信号がオフセットしています。しかし、信号の頭の潰れ方が、+側と-側で概ね均等になっています。つまり、出力クリップの不均衡を小さくするという、リベンジヘッドホンアンプの目的は達成されました。
リベンジヘッドホンアンプで一線を越えた
少し大げさですが、今回作ったリベンジヘッドホンアンプで、一線を越えたように思います。それは、20kHz矩形波を入力し、その出力波形を見た時に思いました。あの高級オペアンプOPA1612と同じ波形が、リベンジヘッドホンアンプから出ていました。
これまでは、オフセットを小さくし、スルーレートは程々でも発振しにくいアンプを目指していました。しかし、オフセットをある程度許容し、スルーレートを高めることで、違う世界が見えました。
実際に音楽ソースと使い慣れたヘッドホンを接続して、聴いてみました。出てきた音は見事でした。歪は全く感じられず、少々音量を上げても破綻しません。そして、ノイズも全く感じられません。それは素晴らしい音でした。しかし、出てくる音で、スルーレートの高さを感じることはできませんでした。
ただ、計測器レベルでは、入力信号を忠実に増幅する最高のヘッドホンアンプと言えます。