キレッキレなヘッドホンアンプwith謎トランジスタ
キレッキレなヘッドホンアンプを謎トランジスタで作ります。前回は、差動増幅回路の動作点を見直すことで、高スルーレート化を図りました。しかし、今回は差動増幅回路を更に低インピーダンス化します。これにより、キレッキレのハイスピードヘッドホンアンプを目指します。併せて、今回は出所が怪しい謎トランジスタ、S8050とS8550を使用します。
謎トランジスタの性能
今回使用する、謎トランジスタS8050とS8550の素性を確認しておきましょう。
データシートに記載された、S8050の諸元は、概ね本家のSS8050と共通です。しかし、大きく異なっているのが、最大コレクタ連流と取り出せる電力です。SS8050では、最大コレクタ電流は1.5A、電力は1Wです。しかし、S8050は、0.5A,0.625Wとなっています。
なお、これまで使用してきたBC547と比較して、S8050,SS8050共に耐圧Vceoは低めで、25Vとなっています。また、出力容量Cobは大き目で9.0pFです。これにより、高周波特性はCobが1.7pFのBC547よりかなり劣ります。
キレッキレなヘッドホンアンプの回路設計
前回制作したヘッドホンアンプのスルーレートはかなり高いレベルでした。しかし、今回は更にスルーレートを高めてみようと思います。スルーレートを高めるコツは、前回と前々回に作ったヘッドホンアンプで把握しました。
- 一段目差動増幅回路の増幅率を低めにする
- 電圧増幅率は二段目差動増幅回路で確保
- 一段目二段目共に低インピーダンス化する
これらを念頭に設計した、キレッキレヘッドホンアンプの回路図がコレです。
前回47kΩとしていた、一段目差動増幅回路のエミッタ抵抗とコレクタ抵抗を、20kΩに変更しました。これにより、インピーダンスを下げ、一段目差動増幅回路への供給電力を供給するようにしました。これにより、高スルーレート化を行いました。しかし、これにより無信号時の出力オフセットが大きくなりました。対策として、二段目差動増幅回路のコレクタ抵抗を6.8kΩから5.1kΩに変更しました。
キレッキレなヘッドホンアンプ組み立て
今回も、ギチギチ高密度実装PCBを使用しました。今回の製作で、手持ちのPCBは無くなりましたので、折を見てJLCPCBに再発注しようと思います。
組み立てが終わったキレッキレヘッドホンアンプがコレです。まだ、ケースには収めていませんが、この状態で性能試験を行います。
性能試験:オープンループゲイン
先ずは、オープンループゲインの測定です。この測定は、負帰還信号を遮断して行います。そのため、負帰還抵抗を取り外した状態で行います。また、非常に小さい入力信号を取り扱います。そのため、どうしても入力信号にノイズが乗ってしまいます。そのため、入力信号が乱れています。
入力P-P45mVに対し、出力のP-Pは5.87Vでした。帰還信号を遮断しての測定ですので、オフセットは大きくなっています。しかし、出力振幅はかなり大きく取れています。オープンループゲインは、42dBでした。オープンループゲイン100dB候えは難しそうです。
性能試験:出力クリップ電圧の確認
過大入力時の出力電圧を確認します。また、波形の潰れ方を確認し、信号に大きな偏りが無いことを確認します。
差動増幅回路の低インピーダンス化により、信号のオフセットが大きくなっています。しかし、波形の潰れは、+側と-側で概ね同量となっています。
性能試験:正弦波・矩形波増幅時の出力波形
正弦波を入力し、出力された増幅後の波形を観察します。
1Hzから20kHzの正弦波増幅結果は、何れも綺麗な波形が再現されています。また、振幅もP-P(Peak to Preak)で6V程度確保できています。これは、一段目差動増幅回路の低インピーダンス化と低利得化の恩恵です。
次に、出力振幅が最大となる周波数を探ってみましょう。
前回制作したヘッドホンアンプの振幅最大となる周波数は1.6MHzでしたが、今回は1MHzでした。これは、前回のBC548,BC558よりも、今回のS8050,S8550が出力容量が大きいためでしょう。出力大歳となる周波数=共振周波数は、前回より低くなりましたが、可聴域のずっと上です。したがって、聴感に与える影響はありません。
次に、矩形波の増幅をしてみましょう。
矩形波も全体的に綺麗な波形が再現されています。しかし、20kHzの矩形波では、オーバーシュートが見られます。このオーバーシュートは、前回制作したヘッドホンアンプと比較して、時間軸側に広がっています。これは、回路の共振周波数の差と思われます。共振周波数は前回は1.6MHzで、今回は1MHzでした。
性能試験:スルーレート、リニアリティ
今回のキレッキレなヘッドホンアンプの肝であるスルーレートを測定します
測定の結果、79nSあたり1.59Vの電圧変化でした。これを1マイクロ秒あたりに換算すると、20V/μSとなります。これは、かなり優秀な値だと思います。まさしく、キレッキレのハイスピードヘッドホンアンプが出来上がりました。
次にリニアリティー確認のため、三角波と階段網の増幅結果を見てみます。
三角波、階段波共に、歪みは見られません。したがって、今回制作したキレッキレなヘッドホンアンプは、十分なリニアリティーが確保できています。
性能測定:オフセット
差動増幅回路を構成する抵抗器を低インピーダンス化すると、信号のオフセットが大きくなる傾向です。しかし、数十ミリボルト程度のオフセットであれば、接続機器に悪影響を及ぼすことはありません。キレッキレ設計のヘッドホンアンプでは、ある程度のオフセットは受け入れる覚悟が必要です。しかし、あまりにも大きなオフセットは好ましくありません。実際にどの程度のオフセットが出ているのか、測定しました。
左チャンネルのオフセットがやや大きいようです。しかし、左右チャンネルとも、許容できるレベルです。なお、このオフセットは、一段目差動増幅回路を構成する二つのトランジスタのVbeが揃っていないために生じます。事前に、Vbeを測定して選定し、特性の揃ったトランジスタを使用することで、改善できるはずです。
キレッキレなヘッドホンアンプの音は?
性能試験の結果、キレッキレな高スルーレートは実現できていることが確認できました。併せて、正弦波の波形は見事でした。しかし、矩形波の方は20kHzでスパイク状のオーバーシュートが見られました。しかし、このスパイク状のオーバーシュートの周波数成分は、回路の共振周波数である1MHzあたりです。したがって、聴感に影響はありません。また、オーバーシュートの発生は短時間ですので、接続機器に影響を与えることはありません。
実際にヘッドホンを接続して、鳴らしてみました。性能確認で、周波数特性は可聴域でフラットなはずです。しかし、何となくハイ上がりに感じる音です。しかし、その割には低音域が強めで、少し不思議な音です。
味付けの無い音が出てくるはずです。しかし、実際には、必要以上にメリハリが効いたように感じる音です。イヤホンに付け替えて聴いてみました。すると、ダイナミックドライバのイヤホンは、かなり上手に鳴らしてくれます。しかし、バランスドアーマチュアでは、低域に若干の不足を感じました。
総じて良く出来たとは思います。しかし、反省点もあります。やはりトランジスタS8050,S8550の選択は不適切だったかもしれません。使い慣れたBC547,BC557の方が、オーバーシュートを小さくできたでしょう。