セミカレミラ・ヘッドホンアンプ(失敗です)
セミカレミラ・ヘッドホンアンプを作りました。しかし、前もって書いておきますが、これは失敗でした。設計自体は「さらに高みを目指すヘッドホンアンプ」として行っていました。そして、PCBの設計と、発注も行いました。そのPCBが出来上がってきましたので、組み立てました。今回は、組み立て、性能測定、そして、失敗の原因追及を行います。
セミカレミラ・ヘッドホンアンプの概略
以前設計した回路図を見ながら、セミカレミラ・ヘッドホンアンプの概略を説明します。
この回路は、差動増幅回路×2、ダイアモンドバッファ、プッシュプルで出来ています。入力信号は、トランジスタQ1とQ2で構成された差動増幅回路で、電圧増幅されます。しかし、一段目の差動増幅回路の増幅率は、低く抑えられています。ここでは、主に増幅率のコントロールとアンプ内の歪みの除去を行います。
増幅は主に、トランジスタQ4とQ6で構成された、二段目差動増幅回路で行われます。しかし、Q4とQ6のコレクタ側に、別のトランジスタQ3とQ5があります。しかも、Q3はコレクタとベースが短絡されています。そして、Q3とQ5のベースが結合されています。この回路は、カレントミラーと呼ばれます。トランジスタQ3に流れた電流と同量の電流がQ5から流れ出します。
このカレントミラーにより、Q6に流れ込むはずの電流が、Q5で制限されます。そのため、Q6は電流不足の状態となります。すると、Q6のコレクタ電圧がグッと下がります。つまり、Q6のコレクタ電圧が大きく変動する=高増幅率となります。
今回は、二段目の差動増幅回路だけにカレントミラー(略してカレミラ)を使いました。つまり、セミカレミラ・ヘッドホンアンプです。
セミカレミラ・ヘッドホンアンプの概略:その2
入力信号は、二つの差動増幅回路で電圧増幅が行われます。しかし、差動増幅回路の出力インピーダンスは高く、ヘッドホンを鳴らす力はありません。そこで、トランジスタQ9とQ10のプッシュプルで電力増幅を行います。
しかし、差動増幅回路の出力を、そのままプッシュプルに送り込むと、スイッチング歪みが生じます。これは、プッシュプルを構成する二つのトランジスタQ9とQ10の動作開始電圧が開いているためです。Q9はベース電圧0.6Vあたりで動作を開始します。その一方で、Q10は、ベース電圧-0.6Vあたりで動作を開始します。つまり、-0.6Vから0.6Vの間の信号は取り扱えません。
そこで、Q9に入る信号を0.6V下げ、Q10に入る信号を0.6V上げます。この信号の上げ下げを行うのがQ7とQ8で構成される、ダイアモンドバッファです。どのくらい信号を上げ下げするのかは、RBuf1とRBuf2で決まります。実際には、0.6Vピッタリではなく、0.63Vくらい電圧をシフトしています。これにより、わずかな時間ですが、Q9とQ10を同時に動作させます。これを、プッシュプルのA-B級動作と言います。
セミカレミラ・ヘッドホンアンプを組み立てる
出来上がったPCBに部品を植えて、セミカレミラ・ヘッドホンアンプを組み立てていきます。
組み立ての前に、一段目差動増幅回路に使用するトランジスタのVbeを測定します。トランジスタのVbeが揃っていないと、出力オフセットが大きくなってしまいます。なお、Vbeは温度によって大きく変化します。そのため、測定時には、素手でトランジスタに触らないようにします。
トランジスタの選定が終わったら、PCBに部品を植えていきます。組み立ての際には、背の低い部品から実装していくのがセオリーです。しかし、トランジスタの取り付けにジグを使用しています。そのため、ジグのスペースを確保するため、変則的ですが、トランジスタから取り付けていきます。
抵抗とコンデンサを取り付けて、出来上がりです。
仕上げとして、外付け部品を取り付けます。
セミカレミラ・ヘッドホンアンプの性能測定
完成したら、性能測定を行います。しかし、今回はここからが大変でした。
失敗その1:電気食いすぎ
性能試験の前に、過剰な電流が流れていないか、過熱部分が無いかを確認します。その結果がコレです。
安定化電源に接続したところ、設定した上限電流を超えてしまいました。80mA程ですので、問題ないように見えるかもしれません。しかし、このヘッドホンアンプは、電池駆動です。しかも、容量のあまり大きくない006P型の電池を使います。この消費電力では6時間ほどしか電池駆動できません。したがって、この回路ボツです。
急遽設計変更と、回路の手直しを行います。
電気喰い過ぎの原因はすぐに思い浮かびました。やりすぎは、ダメですね。二段目差動増幅回路のエミッタ抵抗Re2を20Ωから470Ωに変更して、性能試験を続けました。
性能試験:最大出力振幅
入力信号を大きくしていき、波形の頭がつぶれた時の振幅を測定します。
電源電圧9Vに対し、最大振幅は8.3Vです。かなり大きな振幅がとれます。
性能測定:正弦波
いつものように、正弦波を入力し、出力波形を観察します。
正弦波の波形は、可聴域で乱れていません。しかし、出力が+側に40mVほどオフセットしています。本来、オフセットは一段目差動増幅回路でキャンセルされるはずです。したがって、一段目差動増幅回路に若干の問題があることが解ります。
次に振幅最大ポイントと、-3dBポイントを探してみました。しかし、振幅が上昇する、共振点は見つかりませんでした。-3dBポイントは以下のとおりです。
出力が-3dBとなる、所謂カットオフ周波数は2.3MHzです。二段目差動増幅回路を、抵抗負荷からカレントミラー負荷に変更することで、高域側の特性はかなり伸びました。また、2.3MHzという無駄に高い周波数でも、波形に乱れはありません。
性能測定:矩形波
正弦波の次は矩形波です。矩形波は、高調波成分を多く含んでいます。そのため、高周波の増幅に癖があると、波形の乱れとなって現れます。
矩形波の増幅では、1kHzと20kHzで信号立ち上がり部分にオーバーシュートが見られます。また、20kHzでは、波形の下側(マイナス側)にリンギングが見られます。波形に、ちょっと嫌な感じの乱れが出ています。
性能測定:スルーレート
正弦波のカットオフ周波数が2.3MHzとかなり高い結果となっています。そのため、単位時間当たりの出力電圧変化を表すスルーレートは、かなり高い数字が出ると予想されます。では、測定結果を見てみましょう。
測定の結果は、39nSあたり3.05Vの電圧変化でした。これをマイクロ秒あたりの数値に換算すると、78V/μSとなります。これまで作ってきたヘッドホンアンプで最高値です。
性能測定:リニアリティー
トランジスタには、非線形性があります。しかし、極性の異なる差動増幅回路を二つ使うことで、非線形性を打ち消す回路構成にしています。ここでは、三角波と階段波を入力し、増幅後の波形を見ることでリニアリティーを確認します。
三角波では、波形を構成する線に歪みが無いことを確認します。歪みが無ければ、電圧レベルによる増幅率の変動は無いと判断できます。また、階段波では、段差が揃っている事を確認し、増幅率の変動が無いことを確認します。
三角波、階段波共に歪みはありません。したがって、リニアリティーは確保できていると判断できます。
性能測定:無信号時出力電圧
入力信号が無い状態での、出力端子の電圧を測定します。理想は、無信号時出力電圧0Vです。無信号時出力電圧が大きい場合、電源投入時に不快なポップノイズが発生します。また、無信号時出力電圧が極端に大きい場合、接続した機器が破壊される可能性もあります。しかし、無信号時出力電圧は、温度によっても変化します。概ね数十ミリボルト程度であれば、問題は無いでしょう。
何れも一桁ミリボルトに収まっています。したがって、問題は無いと判断できます。
失敗その2:発振
性能測定を終え、ヘッドホンを接続して、実際に鳴らしてみました。ところが、なんとも言えない違和感を感じました。また、ボリュームを回すとガサガサという小さな音が出ます。このような現象は、入力端子から直流成分が流入した時に発生します。しかし、入力に何もつないでいない状態でも、ボリュームを動かすと、ガサガサという小さな音がします。
性能測定の結果が良かったので、この現象は不可思議です。もしやと思い、はんだ付けの不良なども疑ってみましたが、原因は掴めませんでした。ダメもとで出力端子にオシロスコープをあてたところ、ヤバいことが起きていました。
教訓:シミュレーションはしっかりやろう
困ったことに、発振が起きていました。発振周波数は、17.2MHzで振幅は5.14Vです。派手に発振していることが解りました。試しに、LTSpiceでこの状況が再現するか、確認してみました。すると・・・。
シミュレーションの結果、17.3MHzで位相が180°回転することが解りました。また、17.3MHzでの利得は22dBもあり、発振するには十分な条件が揃っていることが解りました。この、シミュレーション結果は、実際に測定された17.2MHzの発振とほぼ一致しています。
これまで、1.5MHzまでをシミュレーション対象としていたので、見落としが生じていました。もっとシミュレーションの範囲を広げていれば、この失敗は防げたはずです。この点は、悔やまれます。
ということで、今回のヘッドホンアンプは失敗でした。また、設計からやり直します。