すごいヘッドホンアンプができました:セミカレミラ

すごいヘッドホンアンプができました。設計まで済ませておいた、セミカレミラ・ブレークスルーを組み立てました。LTSpiceでのシミュレーションで確認したとおり、位相余裕も利得余裕も十分確保できています。したがって、安定性の高いアンプになりそうな予感はしていました。また、オープンループ利得も、シミュレーションではありますが、68dB確保できています。そのため、出力オフセットは小さく抑えられるはずです。
すごいヘッドホンアンプの回路
今回組み立てるヘッドホンアンプの回路図を、もう一度おさらいしておきましょう。

赤丸で示した部分が、すごいヘッドホンアンプの改良点です。しかし、これは冒険でもあります。特に、二段目差動増幅回路のエミッタ抵抗は100Ωにしています。ここまで、小さな抵抗値に設定するのは冒険でした。
さらに、一段目差動増幅回路のエミッタ抵抗とコレクタ抵抗も20kΩにしています。これについても、これまで作ってきたヘッドホンアンプの中では、かなり小さな抵抗値です。これらの抵抗値を小さくすることで、スルーレートは向上します。しかし、オフセットの増大を招く場合があります。さらに、極端に小さくした場合、バイアス電圧が不適切となり、アンプとして成り立たなくなります。
したがって、アンプとして成り立つ範囲で、如何に小さな値とするかがカギでした。
すごいヘッドホンアンプ組み立てにあたって
組み立てにあたって、留意しなければならない点があります。それは、一段目差動増幅回路に使用するトランジスタです。
一段目差動増幅回路は、負帰還信号と入力信号の比較を行い、差分を出力します。また、二段目差動増幅回路のバイアスの生成も行います。そのほか、ひずみの除去も行います。これらの動作は、とても重要です。アンプとしての出来は、一段目差動増幅回路で決まります。
一段目差動増幅回路を良好に動作させるためには、トランジスタの特性を揃える必要があります。特性が揃っていない場合、出力信号のオフセットが大きくなります。したがって、使用するトランジスタの選定が必要になります。
一口にトランジスタの特性といっても、多くのファクターがあります。これまでの経験上、最も重要なファクターは、Vbeです。増幅率hFEも大切です。いかし、差動増幅回路は、負帰還量で増幅率が決まります。そのため、hFEの大小の影響はありません。むしろ、トランジスタの動作点を決めるVbeが最も重要と考えています。そして、これまでの経験は、Vbeが重要であることを裏付けてくれました。
したがって、今回も一段目差動増幅回路に使用するトランジスタの選定を行いました。そして、Vbeのばらつきを1mV以内に収めました。
すごいヘッドホンアンプを組み立てる
以前設計を行い、JLCPCBに発注しておいたPCBが出来上がってきました。

PCBサイズは43×35mmです。組み立てやすさよりも、小ささを優先し、実装密度の高いPCBとしました。
組み立ては、まったくの自己流です。一般的には後回しにする、トランジスタを最初に実装していきます。

今時、スルーホール実装のトランジスタを使用しているところが昭和な感じです。そのほかの部品も実装していきます。

トランジスタの他、抵抗器も立てて実装するのがこだわりです。さすがに、電源回路のコンデンサだけは寝かして実装しています。
すごいヘッドホンアンプ:測定
基板の組み立てが終わったら、外付け部品を取り付けて、測定を行います。

シミュレーションで、位相余裕と利得余裕が確保されていることが確認されています。しかし、本当に発信が起きないのかを確認するのが測定の目的です。その他、差動増幅回路の低インピーダンス化で狙った、スルーレート向上の効果も測定します。
正弦波増幅
1Hz、1kHz、20kHzの正弦波を入力し、増幅後の出力波形を観察します。



1Hzから可聴上限の20kHzまで、振幅の変動は測定誤差レベルに収まっています。また、いずれの波形もきれいで、申し分ない性能が出ていることが分かります。しかし、信号のオフセットが20mVから40mV出ていますが、これも振幅と対比すると、その割合は無視できるレベルです。
さらに周波数を上げて、出力が3dB減衰する、カットオフ周波数を探ってみました。

回路構成の特性上、0Hzの信号でも利得はあります。そのため、カットオフは高域側にしかありません。測定の結果、高域側のカットオフ周波数は5.92MHzでした。したがって、このヘッドホンアンプは、DCから短波放送のRF周波数くらいまでの信号を増幅できます。とんでもなく広い周波数特性を持ちます。しかし、これはラジオの放送電波の影響を受ける可能性があることを示唆しています。
矩形波増幅



いずれの周波数でも、矩形波は正しく増幅されています。出力波形には、オーバーシュートは見られません。また、発振も見られません。
スルーレート
すごいヘッドホンアンプで目指した、スルーレートの向上は実現しているのか、確認しました。

測定結果は、46.4nSで3.49Vの電圧変化でした。これを、1マイクロ秒あたりの数値に換算すると、75.2V/μSとなります。これは驚異的な値だと思います。一般的な、音声信号増幅用に作られたオペアンプよりもずっと大きな値です。
スルーレートの高いアンプは、信号の追従性が高く、良いアンプといえるかもしれません。しかし、ノイズを拾いやすくなるという欠点があることを忘れてはいけないでしょう。
出力飽和電圧
入力信号をあえて高くし、出力を飽和させてみました。

測定の結果、出力飽和電圧は8.25V(P-P)でした。今回制作したヘッドホンアンプの増幅率は7倍です。したがって、最大入力電圧はP-Pで1V少々(約0.5V)となります。一般的なオーディオ機器のライン出力レベルは-10dB(≒0.3V)ですから、十分対応可能です。
リニアリティー
三角波と階段波を入力し、増幅後の波形を観察し、増幅のリニアリティー(直線性)を確認しました。


三角波も階段波も乱れはありません。したがって、すごいヘッドホンアンプは、信号レベルにかかわらず、ひずみなく増幅できます。
無信号時出力オフセット
私の作るヘッドホンアンプは、一部の例外を除いて、信号経路にコンデンサを使いません。しかし、多くのヘッドホンアンプは、入力または出力、場合によって入出力両方にコンデンサが入っています。これは、アンプ本体や、出力側に接続される機器を保護する効果もあります。
逆に、信号経路にコンデンサを使わない私のヘッドホンアンプは、危険だと言えます。例えば、出力から直流電流が流れ出せば、ヘッドホンやイヤホンのボイスコイルを破壊するでしょう。
そこで大切になるのが出力オフセットです。出力オフセットが小さければ、直流電流が入力されない限り、直流が出力されることはありません。


左右チャンネルとも、無信号時出力オフセット電圧は、非常に低いレベルです。これは、オープンループゲインを高めたことと、トランジスタのVbeを厳密に一致させた結果でしょう。
消費電力

無信号時の消費電力は。243mWでした。差動増幅回路の低インピーダンス化を図った結果、消費電力はやや大きくなっています。006P電池の容量は350~400mAh程度ですので、10時間は使用できると思われます。
すごいヘッドホンアンプを実際に使ってみた

測定結果を見てもわかるとおり、消費電力がやや大きい以外は、欠点が見つかりません。大変よくできたヘッドホンアンプだと思います。すごいヘッドホンアンプが出来上がったと思います。ここまで、特性が良いと、これ以上良いヘッドホンアンプは作れないだろうと思います。
そもそも、アンプによる音の違いというのは大きくありません。しかし、音の違いはあります。ただし、音の違いは、回路構成の影響もありますし、心理的な影響もあります。場合によっては、心理的な影響のほうが大きいこともあります。今回は、明らかに後者です。性能測定で得られたきれいな波形を見たら、素晴らしい音が出ると思い込まされます。
DCから5MHzを超える周波数まで増幅でき、75.2V/μSのスルーレートの音は絶対に素晴らしいはずです。そして、実際に出てきた音はパーフェクトでした。理論上無限大のダンピングファクターは、振動版の空走を許しません。その結果、音源に含まれない音は、ニュアンスを含め、付け足されることはありません。逆に、音源に含まれる音は、ピアニストの指が鍵盤に触れる音まできっちり再現されます。
本当にすごいヘッドホンアンプが出来上がりました。