ClassAAとオペアンプ

ClassAAとオペアンプの関係を探ってみました。先日作成した、ClassAAヘッドホンアンプは失敗でした。その後、ホイートストンブリッジの定数を変更してみました。しかし、効果はありませんでした。そこで、今回は、実験を通して、ClassAAヘッドホンアンプに適したオペアンプを探してみました。
ClassAAとオペアンプの最適解を探る回路
今回は、オペアンプの差し替えを頻繁に行います。そこで、オペアンプは直付けではなく、ソケットで差し替えができるようにしました。なお、事前の検証で、ホイートストーンブリッジを構成する抵抗値の影響は少ないことが分かっています。そこで、ホイートストーンブリッジを構成する抵抗は、当初の設計に戻しました。今回の回路図は下図のとおりです。

上図の赤丸で示したオペアンプを差し替え、最適となるオペアンプの組み合わせを探します。
ClassAAとオペアンプの最適解を探るPCBの組み立て
先ずはオペアンプを挿すソケットを取り付けます。

PCB設計時に、ソケットの設置やIC取り付け治具のためのスペースを用意しておきました。したがって、ソケットを設置しても、作業性を損なうことはありません。
ソケットを取り付けたら、そのほかの部品も取り付けていきます。

ClassAAとオペアンプの最適解を見つける作業
PCBに外付け部品を取り付けたら、最適なオペアンプを探す準備は完了です。

ストックしておいたオペアンプを使用して、測定をしていきます。今回の測定では、前回の性能測定で問題となった、20kHz矩形波に焦点を絞りました。当初の設計では、電圧増幅部と電力増幅部の双方にNJM4580を使用していました。しかし、組み立て後の性能試験で、20kHz矩形波の増幅後の波形に、大きなリンギングが見られました。実際に音楽ソースを入力し、ヘッドホンで聞いてみても、明らかな影響を感じました。特に顕著なのは、ボーカルのサ行が刺さる感覚でした。このまま使い続けるのは厳しいと判断しました。
そこで、オペアンプを差し替えながら、歪の少ない組み合わせを探します。
性能測定1:電圧増幅部 TL072
最初は、電圧増幅部にTL072を使用し、電力増幅部のオペアンプを替えていきます。TL072は、TI社のBiFet構造を持ったオペアンプです。設計は古いです。しかし、入力インピーダンスが高い特徴があります。楽器のエフェクターに使用されるケースが多く、その音質には定評があります。しかし、入手性が悪く、価格も上昇傾向にあります。
また、出力部のプッシュプルに、貫通電流制限用の抵抗に加え、出力抵抗が入っています。この構造は設計の古いオペアンプでよく見られます。しかし、これは、出力インピーダンスを上昇させます。これにより、取り出せる電力は小さくなります。
本来、TIのTL072を使用すべきでした。しかし、入手性の悪いため、UTC社のセカンドソース品を使用しました。
性能測定1-1:電圧増幅部 TL072、電力増幅部 TL082
TL072と、その兄弟分、TL082を組み合わせてみました。しかし、TL082とTL072の内部構造は同一です。仕様上の違いは、同相除去比(CMRR)が、TL072で100dBでTL082が86dBであるくらいです。しかし、今回の回路は、差動入出力ではありません。また、微小電力は取り扱いませんので、CMRRは重要ではありません。したがって、この測定は電圧増幅と電力増幅双方にTL072を使ったと見做しても良いでしょう。

発振は見られませんが、波形は崩れています。プラス側は斜めになっています。しかし、マイナス側はプラス側とは非対称で、緩やかにうねっています。
性能測定1-2:電圧増幅部 TL072、電力増幅部 NJM4580
TL072に、オーディオ用として優れたオペアンプ、NJM4580を組み合わせてみました。NJM4580はデータシートにも記載してあるとおり、ヘッドホンアンプとしても使用できます。そのため、出力電流は最大50mA取り出すことができます。入手性も良く、安定性が高く、価格も手ごろです。最も好きなオペアンプの一つです。

入力信号に増幅処理が追い付いていない感じです。アンプ内部での信号遅延が大きいようです。この組み合わせはよくありません。
性能測定1-3:電圧増幅部 TL072、電力増幅部 NJM4558
NJM4558は、レイセオン社のRC4558を引き継いだオペアンプです。内部構造は比較的シンプルです。しかし、そのシンプルな構造の中に、過電流保護や位相補償を盛り込んでいます。また、入力部の素子を工夫することで、ラッチアップの発生を無くしています。ラッチアップ防止に関しては、他社も含め、多くのオペアンプが同様の構造を採用しています。
近代的なオペアンプと比較すると、見劣りするスペックです。しかし、オーディオ用としては十二分な性能を持っています。優れた回路設計は、後のNJM4556、NIM4580にも引き継がれています。更に、ハイエンドオーディオ用に特化した、MUSESシリースの一部も、基本構造はNJM4558と同一です。

信号の立ち上がりに遅れは見られません。しかし、波形はTL072+TL082の天地を逆にしたような形になっています。おそらく、TL082の入力がNチャネルJFETであるのに対し、NJM4558がPNP BJTであるためでしょう。
あまりよくない出力波形です。
性能測定1-4:電圧増幅部 TL072、電力増幅部 NJM4556
NJM4556は、NJM4558の高出力版です。じかし、実際には高出力化に加え、スルーレートの向上も図られています。NJM4558の安定性はそのままに、出力部分のプッシュプル回路にトランジスタを加え高出力化しています。併せて、NJM4558にあった、出力抵抗を無くしています。そのためNJM4558よりも、出力インピーダンスが低くなって、大きな出力電力(最大73mA)を取り出せます。併せて、低電圧動作への耐性が高くなっています(最低動作電源電圧±2V)。

意外なことに、NJM4558よりも信号の乱れが多くなっています。波形は、TL072+NJM4580に近くなっています。これは、NJM4556の出力特性が、NJM4558よりもNJM4580に近いためでしょう。
この組み合わせも良くありません。
性能測定1-5:電圧増幅部 TL072、電力増幅部 LF353
LF353は、嘗てナショナルセミコンダクター社で製造されていたJFET入力のオペアンプです。しかし、現在はTI社に権利が移転されています。古い設計のオペアンプですが、内部構造は幾度か見直されているようで、製造時期により異なります。しかし、型番は変えられていませんので、改良前か改良後かを外観から判断することは困難です。セカンドソース品もあるため、入手性はそれほど悪くありません。古い設計にもかかわらず、スルーレートは13V/μSと高く、高性能な一面もあります。しかし、最低動作電圧は±5Vで、乾電池での動作には不向きです。
したがって、現代においてあえてLF353を選ぶ必要はないでしょう。

波形は大きくひずんでいます。これでは使い物になりません。ボツです。TL072とLF353、どちらもとても好きなオペアンプだけに残念な結果です。
性能測定2:電圧増幅部 NJM4580
今度は、電圧増幅部にBJT入力のNJM4580を使用して、測定してみます。性能測定1で使用した、TL072はJFET入力で、しかも出力インピーダンスが高めです。その一方で、これから測定するNJM4580はBJT入力です。しかも、データシートに記載のとおり、ヘッドホンを直接駆動できる力持ちなオペアンプです。
性能測定2-1:電圧増幅部 NJM4580、電力増幅部 TL072
BJT入力オペアンプ+JFET入力オペアンプTL072の組み合わせです。TL072は出力インピーダンスが大きいので、電力増幅には向きません。しかし、ここではあえてTL072を使用して、測定をしています。

強力なNJM4580を負荷の小さな電圧増幅部に使用し、非力なTL072を高負荷な電力増幅に使用しました。しかし、非常識なオペアンプの選択にもかかわらず、波形に大きな乱れはありません。信号の立ち上がりと立ち下りの部分にリンギングが見られます。しかし、リンギング部分の周波数成分は十分に高いと思われます。そのため、聴感への影響はないと考えられます。
意外ではありますが、悪くない結果が得られました。
性能測定2-2:電圧増幅部 NJM4580、電力増幅部 NJM4556
電圧増幅部に力持ちなNJM4580を、電力増幅部にはもっと力持ちなNJM4556を使用しました。ゴールデンコンビといっても良い組み合わせです。どんな結果が出るでしょうか。

盛大なリンギングが出ています。これはいけません。
力と力がぶつかり合った結果、リンギングが起きてしまったのでしょうか。いずれにせよ、この組み合わせはボツです。
性能測定2-3:電圧増幅部 NJM4580、電力増幅部 NJM4558
電圧増幅部にBJT入力のNJM4580を、電力増幅部にご先祖様NJM4558を組み合わせてみました。

悪くありません。力で押してくるNJM4580を、いぶし銀のNJM4558がさりげなく受け流しているようです。
わずかにリンギングが見られます。しかし、持続期間は短く、信号のあばれも大きくありません。この組み合わせは、正式採用の候補にしてよいでしょう。
性能測定2-4:電圧増幅部 NJM4580、電力増幅部 LF353
電圧増幅部に定番のNJM4580を、電力増幅部に最近影が薄くなてしまったLF353を組み合わせてみました。

信号のマイナス側(下側)に変な歪みが出ています。プラス側には、やや大きめなオーバーシュートが見られます。もし、手持ちのオペアンプがNJM4580とLF353だけだったら、使ってもよいでしょう。しかし、ほかにオペアンプがあるのであれば、あえて選ばない組み合わせです。
性能測定3:電圧増幅部 NJM4558
旧式で、今となっては見劣りする性能のNJM4558ですが、オーディオ用途であればまだまだ現役です。そんなNJM4558を電圧増幅部に使用してみました。
性能測定3-1:電圧増幅部 NJM4558、電力増幅部 NJM4580
電圧増幅をNJM4580に、電力増幅をNJM558にしての測定はすでに行いました。かなり良い結果が得られています。これを逆にして、電圧増幅部をNJM4558に、電力増幅部にNJM4580にしたらどうなるか、測定しました。

意外な結果が出ました。NJM4580とNJM4558はよい組み合わせでしたが、逆にすると波形に大きなひずみが生じました。場所を入れ替えただけで、これほど大きな差が出るとは思ってもみませんでした。
性能測定4:電圧増幅部 NJM4556
小型のスピーカーなら、結構な音量で鳴らすことのできる、力持ちなNJM4556を電圧増幅部に使用して測定を行います。
性能測定4-1:電圧増幅部 NJM4556、電力増幅部 TL072
強力なNJM4556を電圧増幅部に、非力なTL072を電力増幅部に使用して、測定しました。センスに欠ける選択であることは承知の上です。しかし、何事もやってみなければわかりません。

ミスマッチと思えたNJM4556とTL072の組み合わせですが、とてもいい感じです。オーバーシュートは出ていますが、わずかです。この程度なら、聴感への影響はないでしょう。十分に使える性能だと思います。
性能測定4-2:電圧増幅部 NJM4556、電力増幅部 NJM4580
NJM4556とNJM4580、とちらも実力派です。出力ではNJM4556に軍配が上がります。しかし、あえて出力電力の大きなNJM4556を電圧増幅に据えました。そして、出力電力のやや劣る(それでも50mA取り出せます)NJM4580を電力増幅に選びました。

NJM4580を電圧増幅に据えたときは、激しいリンギングが出ていました。しかし、NJM4556を電圧増幅、NJM4580を電力増幅にすると、リンギングは収まりました。小さなオーバーシュートは出ていますが、これは無視してよいレベルです。
この組み合わせは、かなり良いと思います。
性能測定4-3:電圧増幅部 NJM4556、電力増幅部 NJM4558
NJM4556と,その元となったNJM4558を組み合わせてみました。NJM4558の最大出力電流は12mAで、NJM4556の最大出力電流73mAの1/6程度です。あえて非力なNJM4558を電力増幅部に据えて、測定してみました。

オーバーシュートがわずかに出ています。しかし、これは無視しても良いと思います。かなり良い結果が出ました。
性能測定4-4:電圧増幅部 NJM4556、電力増幅部 LF353
BJT入力のNJM4556と、JFET入力のLF353を組み合わせてみました。

この組み合わせも悪くありません。微小なオーバーシュートは、無視しても良いレベルです。
性能測定5:電圧増幅部 LF353
性能測定5-1:電圧増幅部 LF353、電力増幅部 NJM4556
JFET入力のLF353を電圧増幅に、BJT入力のNJM4556を電力増幅に使用し、出力波形を見てみました。入力をハイインピーダンスにして、出力をローインピーダンスにするという、教科書どおりの選択です。

電圧増幅部にTL072を使用した場合ほどひどくはありません。しかし、とんでもない大きさのオーバーシュートが出ています。これは、LF353のスルーレートは13V/μSで、NJM4556のスルーレート3V/μSよりも大きいためです。これまでの経験上、電圧増幅部のスルーレートは、電力増幅部よりも低いほうが良い結果となります。
今回も、過去の経験を裏付ける結果となりました。
結果として、オペアンプの組み合わせはどうしたか?
今回の検証の結果を踏まえ、ClassAAヘッドホンアンプでは、電圧増幅をNJM4556に決めました。電力増幅部については、オーバーシュートの大きさだけならば、NJM4558が最適解です。しかし、今回は出力電流を比較的大きく取れる、NJM4580を選択しました。


なぜClassAAヘッドホンアンプの出力が歪んだのか?
今回の実験では顕著な結果が見られました。それは、TL072、TL082、旧型のLF353、NJM4558を電圧増幅部に使用した場合です。この場合に、出力波形に大きなひずみが見られました。そして、これらのオペアンプに共通するのは、出力抵抗を内蔵しているということです。

ClassAA回路では、理論上電圧増幅部からの電流流出はありません。しかし、実際には電流の流出があります。そのため、出力抵抗が設置されているオペアンプでは電圧降下により出力電圧が低下します。電圧降下により、ホイートストンブリッジを正しく駆動できず、結果として歪みが生じていました。
ClassAAヘッドホンアンプをオペアンプで作る場合の指針
オペアンプを使用してClassAAヘッドホンアンプを作る場合は以下に注意すべきです。
- 電圧増幅部に使用するオペアンプには、出力抵抗がないオペアンプを使用する
- 電力増幅部に使用するオペアンプは、電圧増幅部よりもスルーレートが高いオペアンプを使用する
その他、電源電圧に余裕がある場合、ホイートストンブリッジの抵抗値を変えると良いでしょう。具体的には、下図のR1、R3をR2、R4の数倍の抵抗値にするとよいでしょう。もちろん、R1×R4=R3×R2の関係を崩してはいけません。
これで、電力増幅部の負担が大きくなり、結果として電圧増幅部の負荷を減らせます。しかし、電源電圧が低い場合注意が必要です。電力増幅部の出力がクリップしやすくなり、結果として歪みやすくなります。

実際に聞いてみた感想
これまで、ClassAAヘッドホンアンプを何台か作ってきました。しかし、ネットに落ちていた回路図を鵜吞みにして作っていました。また、当時は機材もなく、十分な測定をしていませんでした。
今回、ホイートストンブリッジの動作について検討を行い、回路設計を行いました。しかし、出来上がったヘッドホンアンプはひどい有様でした。そして、今回の実験で、使用するオペアンプの内部構造の考慮も必要なことが分かりました。
検証の結果、やっと満足できる性能を得ることができました。実際に聞いてみると、静かなアンプであることに気づかされます。つまり、ノイズが全く感じられません。音楽ソースに接続すると、全くの無音の中から音が出てきます。
前回の失敗ClassAAと異なり、ボーカルのサ行が刺さることはありません。低域はしっかり出ます。そして、高域にはキラキラ感があります。ようやく、満足できるClassAAヘッドホンアンプを手にすることができました。