『天使の卵』

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AngelEgg一昨日昨日と温泉三昧でしたが、読書三昧でもありました。その中の一冊がこの『天使の卵』です。このところ集中的に読んでいる村山由佳氏の早期の著書です。これまで、氏の著書のうち直木賞受賞後の作品を中心に読んでみたのですが、そんな作品を生み出す土台となった頃の作品も目にしておきたいということから手に取りました。

コンパクトな作品です。従って、物語の進み方が早く若干の物足りなさを感じたのですが、文学賞受賞作であり、ベストセラーであり、映画化もされた作品だけあって、骨格のしっかりした作品であると感じました。物語の最後に出てくる小道具も物語に実によい余韻を与えていますし、「天使の卵」(これ、登録商標なんですね)という題名もすごくわかりやすく、また含みのある言葉です。

この作品、読んでいて実に懐かしい感じを覚えました。それは、携帯電話とかメールが登場しないのです。この作品が書かれた当時は、そういったものは存在していたはずですが一般的ではなかったのでしょう。携帯電話やメールの類が登場しないことで、この物語に嫋やかな時間の流れや情緒が生まれているように思います。そもそも、登場人物どうしが盛んにメールで連絡を取り合っていたらこの物語自体が成り立たないでしょう。

どうにも最近人々の電車に乗ったら片時もスマホの画面から目を離さなかったり、人と対峙しながらも視線はスマホに向けられていることに腹立たしさすら覚えます。なぜ車窓を流れる景色をぼうっと眺めないのか、なぜ自分に話しかけてくれる人に視線を預けないのか。

私の好きな夏目漱石の『明暗』は、これらの文明の利器が無い時代に作られた物語であるにも関わらず、現代に生きる私にもズシンと響く物語です。現代であれば成り立たない物語であっても、我々の心には響くのです。なぜならば、そこには毒されていない純粋な心模様が有るからではないでしょうか。