『復讐するは我にあり』

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復讐するは我にあり昭和38年から39年にかけて起きた実際の事件を取り扱った作品です。この作品は今村昌平氏の手により映画化もされています。かなりの大作で、映画では恐らく省略せざるを得なかった部分も多かったのでしょう。特に犯人である榎津巌の獄中での生活や、榎津巌が唯一逃避行の道連れとした染谷勢以子による後日談は映画では全く描かれていなかったように記憶しています。

題名の『復讐するは我にあり』という言葉は、新約聖書のローマ人への手紙からの引用で、「主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん」と続きます。つまり、復讐するのは主である神のみが行うのであると記されています。この題名にもなった『復讐するは我にあり』とは、著者である佐木隆三氏が本書を記すに当たっての決意ではないかと想像します。つまり、犯人である榎津巌への感情移入や被害者やその家族に対する感情移入すらなく、淡々と事実のみが述べられています。(勿論、読み物であるから、脚色も有るでしょうし、事実と異なる部分があることも想像に難くありませんが。)善悪の判断すら著者は神に託したという事ではないでしょうか。

だからこそ、作品中に収められている検察と弁護士の弁論や留置所の看守メモが際立ちます。まるで、榎津巌が収監されるまでは色彩の無い記録で、収監されてから後の部分がそれに反するように色彩を帯びた物語のように感じました。しかし、これが現実に起きた事件というところが何とも重い気分にさせられます。

※今回読んだのは、2007年に著者自身の手によって改訂された改訂版です。