『イグナシオ』

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イグナシオヤクザもの等の暴力描写の多い作品は嫌いです。でも、何故か花村萬月氏の作品は好きです。今回読んでみた『イグナシオ』は、冒頭からバットで人を殴り殺す場面から始まります。

著者自身が明らかにしている事ですが、著者は幼くして父を亡くし、素行に問題が有るとして、養護施設に預けられます。『イグナシオ』の他にも『ゲルマニウムの夜』も養護施設が最初の舞台となっています。施設に預けられた主人公は、恐らく著者自身が投影されたものなのでしょう。

『イグナシオ』とは、主人公の洗礼名です。物語はイグナシオが施設で殺人を行う場面から始まります。主人公イグナシオは、その明晰な頭脳から生み出される策略によって警察の目を欺き、結果、事故扱いとなります。そして、イグナシオは施設を抜け出し、新宿に向かいます。そして、新宿でヤクザの大谷と知り合い、半ば強制的に大谷の異母兄弟である茜と同棲を始めることとなります。

茜との同棲生活の中でイグナシオは茜の背負った宿命を知る事となり、その宿命はイグナシオが施設で起こした殺人とも通じたものでした。イグナシオは茜に代わって茜の恨みを晴らし、同時に、施設の中で関係のあった文子の恨みをも代わって晴らします。

自分の恨み、茜の恨み、文子の恨みを殺人という手段で次々と晴らし、そしてイグナシオ自身は大谷の手下の凶弾に倒れます。

そして、物語は小さくまとめられた後日談で終わります。花村氏の作品の魅力は、暴力に理由が有り、宗教観が絡んでいるところにあります。そして、結末に混ぜ込まれた一筋の未来、平穏な日常への回帰、この余韻作りがじつに上手いです。この作品も著者の傑作の一つです。