『対馬丸』
大城立裕氏の『対馬丸』を読んでみました。対馬丸事件はおぼろげながら知ってはいたのですが、事件だけに着目すると上辺だけの遭難事件としか受け取れません。一方本書では、事件に至るきっかけとなった、旧日本軍が発した疎開を促す通達、そして通達を出すに至った当時の戦況が時系列で細かに書かれています。そして巻末には通達の原文がそのまま転記されています。また、犠牲者の名簿も余さず記されています。このような周辺事象まで細かに書かれた本書は、記録として大変貴重です。
事件の発端ともなった、戦時中の疎開については詳しく知りませんでした。しかし、軍部からの通達文を読む限りは決して強制されたわけでは無かったようです。出来る限り軍部の通達に忠実に疎開を進めたいという思いと、当時公然となっていた奄美列島付近に配備されていた米潜水艦による攻撃を心配する思いが交錯する様子は痛いほど理解できます。疎開学童を取りまとめなければならない立場の国民学校の校長が苦悩する様子も写実的に描かれています。
その一方で、転々とする疎開船の出発時刻に業を煮やして帰宅してしまう者もいたようで、良い意味でのいい加減さによって助かった者もいたのかも知れません。
ただ、多くの幼い命が奪われてしまったことに間違いはありません。もし、疎開船であることを米潜水艦に知らせる術が有りさえすれば対馬丸事件そのものが起きなかったのかも知れません。いずれにせよ事件や事故を防ぐためには正しい知識と確かな情報の収集と伝達が重要であることを改めて認識させられます。
先の大戦については、これからも語り継がれるべきでしょうし、反芻し何度も検証する必要があるのでしょう。単に戦争反対という上辺だけを唱えるのではなく、なぜ起きたか、どうして起きたのか、回避する手立ては本当に無かったのか、そして生き延びるためには何が必要なのかを考察することこそが大切なのではないでしょうか。