『天才』

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天才『天才』という題名に惹かれて読んでみました。これまで恥ずかしながら石原慎太郎氏の著作は読んだことがありませんでした。『太陽の季節』も映画では見たことがあるものの、原作は読んでいません。普段の石原氏の言動から何となく難しい言い回しの多い難解な作品かと想像していたのですが、『天才』は実に痛快で余韻もある極めて上質な作品でした。

この作品、読み始めた途端違和感を感じました。一人称で書かれた作品であるにも関わらず、”自分”に関しての説明が全くなく、いきなり物語が始まります。すごくインパクトのある書き出しです。勿論文中の”自分”は田中角栄元総理大臣であることを読者は知っているのでバッサリと潔いほどに説明じみた前置きを省略した著者の老練の力量は見事です。

物語は、”自分”の少年時代から始まります。成績は優秀であったにもかかわらず貧しさから進学をあきらめ、東京で下働きをしながら夜学に通い始めます。やがて飯田橋に田中土建を立ち上げます。そして、選挙資金を援助する代わりに立候補を打診され、2度目の選挙で見事国会議員になります。

資金調達力と確かな先見性を武器にあれよあれよと総理大臣にまで上り詰めます。

その後ロッキード事件により総理大臣を辞任した後も影のキングメーカーとして政界に君臨し続けるのですが、免責証言というそれまで日本では認められていなかった手法を取り入れた裁判によって総理大臣経験者としては初めて実刑判決を受けてしまいます。本書ではロッキード事件に関して多くの紙数を割いています。そして、著者はロッキード事件は、日中国交正常化で石油の利権を失ったアメリカによる報復と解しています。それは、免責証言という日本では例のない手法を裁判の過程に持ち込んだことでも明らかです。

さて、本書ではロッキード事件で失脚し、病に倒れた後の”自分”の心境や妾宅の事も丁寧に書かれています。勿論、これらは著者による創作なのですが、著者の田中角栄氏に対する尊敬の念が穏やかな結末とすることで花を添えているのではないでしょうか。名著です。