『春宵十話』
2016年5月9日
2021年12月14日
『春宵十話』という随筆集は、数学者の岡清氏によって書かれたものです。数学者でありながら、本書を始め何冊かの随筆集も上梓されており、また、本書でも書かれている通り、絵画や音楽にも造詣が深く、実に多彩な人であったようです。
岡氏は本書で度々人の動物化を憂いており、先ずは情操教育こそ重点的に行うべきであると説いています。そして、一定の分別が身についてから初めて自然科学を学ばせるべきであるとも。このような教育論は、岡氏が教育者であった為に近代の詰め込み教育に一石を投じたかったのでしょう。
本書は、その内容を非常に多岐にしており、一言で評することは極めて難しく、また、宗教に関する記述については難解でもあります。ただ、岡氏の自然への造詣は極めてストレートで印象的です。岡氏が数学という学問の有用性について説いた非常に印象的な言葉が有ります。その一節を引用します。
”よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなによいことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うというだけのことである。私についていえば、ただ数学を学ぶ喜びを食べて生きているというだけである。”
こういうのを自然体というのではないでしょうか。自分に正直に生き、そして数学という分野で大きな功績を残せたのも正直に自然体であったからではないでしょうか。