『ゼラール中尉』

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菊池寛氏の代表作と言えば、『恩讐の彼方に』を一番に推します。一方、あまり知られていない作品がこの『ゼラール中尉』ではないでしょうか。非常に短い作品なのですが、どうもモヤモヤが残ります。

話はベルギーの都市、リエージュを舞台にしています。リエージュの砦を守る軍人の一人、ゼラール中尉は町で知らぬ人はいない人気者です。子供には菓子を与え、女には花を贈ります。誰にでも親切で優しい人物です。しかし、不思議と彼と深く付き合う者はいませんでした。それは、ゼラール中尉の我の強さに有りました。同僚と酒場に行けばゼラール中尉は一方的に料理を決め、飲む酒を決めすべてを自身で決めてしまいます。
そしてある日、ゼラール中尉は同僚のガスコアン大尉とドイツ軍の侵攻について激しい言い争いをします。侵攻が有るというゼラール中尉と協定によって守られているので侵攻は無いというガスコアン大尉。言い争いは、ゼラール中尉の「時が答えを出す」という言葉で締めくくられます。
そして、数日後ドイツは侵攻を始めます。ゼラール中尉はドイツ軍の放った砲弾に倒れます。しかし、ゼラール中尉は助けに来たガスコアン大尉に向かって数日前の言い争いを持ち出し、自分が正しかったと主張します。ガスコアン大尉はそれを腹立たしく思い、ゼラール中尉を放置してその場を離れようとします。瀕死の傷を負ったゼラール中尉はそうする間にも意識を失ってしまいます。一度は立ち去ろうとしたガスコアン大尉ですが、ゼラール中尉に対し憐れみを覚えます。

自分の考えを正しいと信じ、曲げることなく堅持し続けたゼラール中尉と、時に迎合もするガスコアン大尉の性格の対比を描いた作品ですが、どうにもモヤモヤします。結果として正しい認識を持ち続けたゼラール中尉が砲弾に倒れ、誤った認識で侵攻に対する十分な備えを怠ったかも知れないガスコアン大尉が一度はゼラール中尉を見捨てようとします。

作者はどのような感情を読者に持たせたかったのでしょうか。謎です。