西村賢太氏の訃報に触れて

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つい先日、石原慎太郎氏の訃報を聞いたばかりの2022年2月5日、同じく作家の西村賢太氏の訃報が伝えられました。西村賢太氏の代表作といえば、映画にもなった『苦役列車』でしょう。この作品で西村氏は2011年に芥川賞を受賞しました。それから約十年、54歳で作家としてはこれからという時の逝去は残念でなりません。

残念ながら映像の方は観ていませんが、原作の『苦役列車』は芥川賞受賞の際に読みました。

父親が性犯罪を犯したことがきっかけで、主人公の北町貫太は家を出て、港湾近くの倉庫の日雇いで糊口を湿す生活を送ります。毎日の稼ぎは酒と風俗に消え、一間のアパートの家賃を踏み倒すこと屡々。そんなとき、専門学校生の日下部が夏休みを利用して貫太の働く倉庫にアルバイトとしてやってくる。貫太と日下部は歳が近かったこともあり、言葉を交わすようになり、次第に関係を深めていくことになる。ある日、日下部は付き合いのある女を貫太に紹介するが、酒に酔った貫太はその女に悪態をついてしまう。その事件をきっかけに貫太と日下部は疎遠になる。やがて日下部はアルバイトを辞め、学業に戻ることを貫太に伝える。同じ日に職場で暴力沙汰を起こした貫太は職場から追放される。

月日は流れ、貫太は日下部がいつか紹介された鵜沢美奈子と結婚したこと、そして郵便局で働いていることを知る。貫太は「所詮、郵便屋止まりか」と日下部を蔑んで嗤うが、自分は未だに日雇い人足であった。

主人公の北町貫太は作者西村賢太氏自身であることは想像に難くありません。そして、この本『苦役列車』にはもう一編、『落ちぶれて袖に涙のふりかかる』が収められています。これは『苦役列車』の後日談と言ってよいでしょう。北町貫太は作家としての仕事で生計を立てていますが、その生活は『苦役列車』の貫太の生活と同様に荒れたものでした。酒におぼれ、日に三箱もタバコを吸う生活は北町貫太の体を蝕み、「・・・右足を動かしただけで、北町貫太の体はたちまち電流にでも触れたみたいにキュッと強張り・・・」と書かれていますので、恐らく痛風に侵されていたのでしょう。

そして、川端賞(芥川賞のことと思います)にノミネートされるものの、発表の日、いつまで待っても電話はかかってきません。そしてここには北町貫太=西村賢太氏の悲痛な心情が書かれています。

「作家として広くに認められ、最早惨めな持ち込みするまでもなく、当然のように原稿依頼が舞い込んでくる身になりたかった。小説家として、終わりたかった。」

西村氏の心の叫びが聞こえてくるようです。念願の芥川賞を受賞した時、どんなに嬉しかったことでしょうか。

西村氏は4日夜、タクシー乗車中に不調を訴えて意識を失い、搬送先の病院で息を引き取ったとのことです。若くして家を出て日雇いで生活しながら作家を夢見て、そして念願の芥川賞を受賞してからも不摂生を続けた結果なのかも知れません。しかし、小説家として生涯を終えることができたのですから、本望たっだのかも知れません。ご冥福を祈ります。