宮本輝著『蛍川』

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宮本輝著『蛍川』は、他の作品『泥の河』、『道頓堀川』と併せて川三部作の中核的な作品です。この作品で宮本輝氏は芥川賞を受賞しました。時代背景は『泥の河』よりも数年下った昭和37年の富山が舞台となっています。主人公の竜夫は中学三年生の設定ですから、舞台となった土地は異なっているものの、『泥の河』の主人公の信雄と似た生年ということになります。その他の設定も『泥の河』との連続性を感じます。

また、『泥の河』と同じく映像化もされていますが、残念なことに映像の方は原作にないエビソードや登場人物が加えられており、これが原作の嫋やかな部分、抒情的な部分を台無しにしているように私は感じました。この作品は短い作品ですので、膨らませないと時間が持たないということもあるでしょう。また、クライマックスの蛍狩りに行く場面も、原作では会話が続かず大部分は黙々と歩くのですが、これを映像にしたら映画としては成り立たないのでしょう。

この作品は短編ではありますが、沢山のエピソードが詰め込まれた作品で、竜夫の父、重竜が脳溢血で倒れるところから物語は始まります。重竜の容体は良くなることは無く、入院先の病院で息をひきとります。残された竜夫と母の千代は重竜の残した借金の返済に追われることになります。重竜は、これを大森亀太郎のところへ持参すれば割り引いてくれるはずだと言い残し、一枚の手形を千代に預けていました。千代は早速亀太郎に連絡を取ります。しかし亀太郎は千代ではなく竜夫に手形を持参させるように指定します。竜夫は亀太郎の元を訪れますが、亀太郎はこの手形は金にならないといい、手形を竜夫に返します。落胆する竜夫に亀太郎はその場で借用書を二通作り、竜夫に当面の生活費として十分な金を渡し一通を竜夫に渡します。そして、竜夫に何時返しても良い、私が死んだあとは返す必要は無いと伝えます。

重竜の葬儀の後、一人の女性が竜夫の家を訪れます。彼女は旅館の女将で、重竜の前妻の春枝でした。竜夫は千代に言いつけられるまま春枝を送っていきます。春江は帰る列車の中で竜夫に旅館なんてどうなってもいい、全てあなたにあげるといって連絡先を書いた紙を竜夫に渡します。

竜夫には思いを寄せる歯科医の娘の英子がいました。英子と竜夫は幼馴染で、中学に入ってから疎遠になってしまった英子を蛍狩りに誘いました。英子の母は夜遅くなることを心配しますが、竜夫の母と、沢山の蛍が群がる場所を知る大工の銀蔵が同行することを聞き、渋々英子の蛍狩り行きを許します。英子の母が作った沢山の弁当を持ち、四人はイタチ川沿いを遡っていきます。どぶ川のように汚れたイタチ川も遡るにつれ澄んでいきます。そして、すっかり日が陰り、辺りが闇夜になったころ、四人はその日だけの蛍の大群を見るのでした。

『泥の河』もそうですが、登場人物が皆やさしいです。金に困った竜夫とその母を皆が助けてくれます。ある時払いの催促無しで金を貸した亀太郎、春江も重竜からの手切れ金で買った旅館を竜夫に用立てても良いと申し出ます。そして大阪で飲食店を営む叔父の喜三郎は店の一つを千代に任せたいと申し出ます。ちょっと癖はあるけど、みんな根の良い人たちばかりの物語は、何となく良い気持ちにさせてくれます。また一つ好きな作品が増えました。映画の方はイマイチでしたけどね。