永井荷風著『つゆのあとさき』

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永井荷風氏といえば風変わりな遊び人というイメージですが、これは恐らく『墨東奇譚』の印象によるものでしょう。この作品『つゆのあとさき』の主人公は君子という羞恥や貞操という考えのないカフェーの女給です。この作品が書かれたのは昭和6年ですから、日中戦争前のわりと平和な時代だったのでしょう。

君子の周りに集まる男たち、袖にされて君子に復讐を企てる男たちの織り成す奔放な物語です。それでも最後には嘗て田舎から出てきた君子を世話していた川島という今は没落した男と再会し、酒を痛飲し寝込んでしまいます。眼を覚ました君子の枕元には川島の遺書が残されていました。この結末には、なんだかちょっとホロリとさせられます。

結末の後に、永井荷風氏は記しています。「昭和六年辛未三月九日病中起筆至五月念二夜半纔脱初稿荷風散人」

このころすでに永井荷風氏は慢性の病に苦しんでいたようです。

永井荷風氏の代表作『墨東奇譚』が書かれるのは、この『つゆのあとさき』の六年後です。丁度油の乗った時期の作品と思います。