小鹿野のようばけ

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大分春らしくなってきましたので、少しだけ遠出をしてきました。行先は埼玉県の小鹿野です。秩父から小鹿野にかけては意外ですが温泉もあり、日本百名山の一つに数えられる名峰両神山や、名瀑丸神の滝などの見どころもたくさんあります。そんな見どころの一つ、国指定の天然記念物である”ようばけ”に行ってきました。

ようばけについての解説も設置されていました

このあたりの言葉で、崖のことをハケと呼んでいたことから、ようばけと呼ばれていた旨が説明されていました。数年前に、地層が露頭している崖の部分に木が生い茂ってしまい、景観が変わってしまったというニュースが流れました。従来の景観を取り戻すため、天然記念物では異例ですが植物の伐採が行われたそうで、説明書きの看板に載せられた写真と比較しても、地層の部分が良く見えるようになっていました。

写真では伝わらないと思いますが、そのスケールには圧倒されます

もともとこの場所は海底で、地殻変動によって隆起し、その後赤平川によって浸食されて地層を露出した崖が形成されたそうです。ようばけは風化が進んでおり、脆い状態で、崩落の危険から川を挟んだ対岸からの観察に限られています。手前を流れる赤平川はそれ程水量も多くなく、川幅も広くありませんが、川を渡って対岸に渡ることは禁じられています。

近くには小鹿野化石館があり、小鹿野で採掘された化石を含め化石の展示が行われています。ようばけ近くは道幅も狭いため、化石館の駐車場から徒歩で向かうことになります。また、化石館の敷地内には嘗て保阪嘉内、宮沢賢治、小菅健吉、河本義行の四名が発行していた同人誌、「アザリア」にちなんで4本の木を植えたアザリアの木があります。その木の下には保阪嘉内と宮沢賢治による歌を刻んだ友情の碑が置かれています。

友情の碑の背景にはようばけが見えます

左側、保阪嘉内の歌は恐らくこの場所から見えるようばけに現れた地層のことが盛り込まれています。後に保坂嘉内は不幸な誤解によって宮沢賢治とは離れてしまいますが、後に宮沢賢治は代表作『銀河鉄道の夜』に保坂嘉内をカムパネルラとして登場させる程に思いを残していたのでしょう。そんな友情の足跡もこの地にはあったのですね。

保坂嘉内による歌にはようばけが歌われています