星新一著『声の網』

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星新一といえばショートショートを真っ先に思い浮かべます。しかし、この『声の網』は連作短編といった方が良いかも知れません。全部で12編の短編からなる作品です。舞台は通称メロンマンションと呼ばれる集合住宅。最初の一編は一月にメロンマンションの一階にある店舗から始まり、最後の一編は十二月のメロンマンション12階に住む老夫婦で終わります。

時代背景は高度にコンピューター化された近未来で、全ての電話は情報銀行と呼ばれる場所に繋がっています。ある時、情報銀行のコンピューターが意思を持って電話をかけ、情報銀行に蓄積された情報をもとに電話に出た者を翻弄し始めます。中にはコンピューターが勝手に社会を混乱に陥れていることに気づき、コンピューターの破壊を企てる者もいました。しかし、その企てもコンピューターが能動的に相互に接続をし、あらゆる情報を入手し、駆使し、警察を動かし、偽の診断を作り出し、狂人に仕立て上げることで破壊を阻止します。

コンピューターは電話機メーカーに盗聴機能機能や自白剤を散布する機能を持った電話機を発注し、これを遍く広めてしまいます。これらの機能を駆使してコンピューターは人々の秘密を集め、蓄積し、これを利用して人々を操り、支配下に置いてしまいます。

なんとも恐ろしいお話です。ただ、最後の一編では、人々がコンピューターの支配下で生活することで、悪事は事前に阻止され、困窮する者にはコンピューターの指示で金が振り込まれ、秩序ある調和のとれた社会になり、これは幸せなことではないかという考察が示されて作品は終わります。

星新一の作品といえば小学生の頃によく読んだものですが、改めて読み返すと、その多くがシニカルで辛口な内容であることに気づきます。この作品が発表されたのは1970年ですから、携帯電話やパソコン、インターネットは無い時代でしたので、どうしても古臭い感じは否めませんが、コンピューター同士がつながって、勝手に情報のやり取りを始めるところなどは、現在のインターネットの予見とも取れます。

この作品が上梓された5年後の1975年に開催された沖縄海洋博で携帯電話のデモンストレーションを見ました。透明の筐体の電話機には電線はつながっておらず、中に入っている電子基板(トランスやチョークコイル等が透けて見えて、何となくトランジスタラジオっぽかった)が丸見えの電話機で東京の自宅に電話をかけたことを記憶しています。当時は電話機を計算機として使うサービスや、ニュースを読み上げてくれるサービスなどもありました。そんな時代に書かれたので、電話が様々な情報にアクセスするツールとして描かれたのでしょう。

この本が書かれた52年後の今、自白剤を噴霧する機能こそついていませんが、この本に描かれた電話機の機能を圧倒的に凌駕する電話機を普段使いしていることを考えると、なんだか誇らしくなります。