新田次郎著『八甲田山死の彷徨』

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この作品は橋本忍氏の脚本で映画化され、「天はわれ等を見放した」というセリフが印象的でした。この作品は、明治35年に行われた陸軍青森第五連隊雪中行軍演習で起きた不幸な事故をもとにして書かれた「小説」です。概ね事実に基づいて書かれていますが、「小説」ですから脚色も改変もされています。

登場人物の名前も変えられています。雪中行軍一行を率いた青森第五連隊所属の神田大尉(神成大尉をモデルとしています)の「天はわれ等を・・・」という発言も創作ではないかと思います。本作品では神田大尉が悲劇の主人公として過剰に美化して書かれているように感じられます。そして、当時の軍隊という厳然たる階級意識が不幸な事故の遠因であったことや、将校と兵卒の装備の違いによって兵卒の死亡率が高かったことを下地として、わかりやすい対立構造を作り上げています。

この作品は、階級間の対立を持ち込むことで、読者の関心を神田大尉に引き寄せようとしています。また、指揮権を神田大尉から取り上げた山田少佐の行為が、遭難事故の直接の原因となったように描かれており、これを強調するためでしょうか、事故後に書かれた事故調査記録を引用しています。これにより、頑固で軽率な山田少佐と、慎重で明晰な神田大尉の対立を強調しています。これはやりすぎに感じます。

大変ドラマチックで面白い作品ではありますが、作者が持ち込み、強調した対立構造がどうにも鼻についてしまいました。実際の遭難事故は当時の気象条件の急激な変化と情報不足が原因だったのでしょう。その証拠に、少し遅れて事故現場を通過した弘前第三十一連隊は無事でした。

この小説には丁寧に取材記も付記されており、青森市にある陸軍墓地(墓地と称していますが、遺骨は収められておらず、遭難者の俗名を記した墓標が建てられています。)の墓標の並びが階級順になっている事を記して対立構造をさらに強調しているように感じました。ここまで行くと、度が過ぎているようにも思えます。

モチーフとなった事故は事故として、この作品は作品として別のものとして切り離しておくべきでしょう。