m2073(=njm2073)は発振との闘いだった
m2073という低電圧動作のオーディオアンプICを入手しました。このICはかなりの優れもので、1.8Vという低電圧でも動作します。そして、1つのチップに2回路のオーディオアンプが仕込まれています。この2つのアンプを使って1チップでステレオアンプとして使えます。また、2つのアンプをBTL接続して高出力化も可能です。そんな優れたm2073を使ってヘッドホンアンプを作ってみました。
m2073はnjm2073のセカンドソース品
今回入手したm2073は、UNISONIC TECHNOLOGIES CO.,LTD(UTC)が製造しています。そして、このICは日清紡マイクロデバイスが製造していたnjm2073のセカンドソース品です。本家の日清紡マイクロデバイスでは保守品に指定されています。そのため、いづれ製造中止になるか、あるいは既に製造していないかもしれません。
しかし、njm2073にはセカンドソースの他に、類似品も存在します。例えば今回入手したm2073がそれです。また、ST microelectronicsやUTCの製造するtda2822というICもあります。njm2073とtda2822は、ピン配列は同じです。また、動作下限電圧も同一の1.8Vとなっています。しかし、動作上限電圧が若干異なる他、利得も若干異なっています。したがって、若干の違いはあります。しかし、njm2073、m2073、tda2822は同じように使えると考えてよいでしょう。
m2073でヘッドホンアンプを作るときの障害
今回は、m2073でヘッドホンアンプを作ります。しかし、m2073をそのままヘッドホンアンプに使うのは不適当です。その理由は、m2073の高すぎる利得(=増幅率)です。njm2073のデータシートでは、利得は44dBとなっています。この値をわかりやすく倍率に換算すると158倍となります。しかし、ヘッドホンアンプの場合、15~20dB(約6~10倍)くらいの増幅度が使いやすいと思います。
利得が高すぎると、ノイズを拾い易くなります。また、ボリュームつまみの操作がピーキーになります。さらに、ステレオの場合、ボリュームの左右チャンネルの音量差(ギャングエラー)も目立つようになります。
m2073の利得を下げる方法を考える
アンプの利得を下げる常套手段は、負帰還量を増やすことです。しかし、データシートにはこんなことが書いてありました。
困りました。負帰還だけでは26dBまでしか利得を下げられないようです。したがって、他の方法を併用して対策をするしかありません。
先ずは回路設計をしてみる
以上を踏まえ、回路を設計しました。しかし、歓迎しない発振については、シミュレーターでの結果通りになることは稀です。また、ノイズの拾い易さもシミュレーターではどうにもなりません。したがって、一旦は設計しますが、あとは現物合わせで追い込むしかありません。
先ずは増幅利得低減のための負帰還抵抗を決めます。抵抗値はデータシート記載の計算式を駆使して計算しました。そして、出力端子側に4.7kΩ、グランド側には200Ωの抵抗を入れることにしました。この結果、利得は25.83dBまで下げられました。それに加え、入力側に510Ωと1kΩの抵抗でアッテネータを作り、入力信号を5.85dB減衰させます。これらを合わせて,トータルの増幅率は狙い通りの約20dBとなりました。
増幅率は狙い通りだけど、その他は適当に決めた
アッテネーターでの入力減衰は、対ノイズ性では不利です。しかし、負帰還での増幅率低減は限界ですから仕方がありません。
増幅率は決まりましたが、周波数特性を決めなければいけません。しかし、これについては適当に決めました。今回の回路では負帰還回路と反転増幅端子間のDC阻止用コンデンサで周波数特性が決まります。データシートでは100μFと指定されています。しかし、歪みを少なくしたいのと、低域側の減衰量を減らしたいので470μFとしました。そして、出来上がった回路図がこれです。
注1)回路図中のR5、R6は可変抵抗器に置き換えてください。R8につながる端子が可変抵抗器のワイパーになります。
注2)RLoadは出力側の機器=スピーカーに置き換えてください。
ブレッドボードでの検証
ブレッドボードでの検証を行いました。その結果は、極めて良好でした。
ちょっと拍子抜けするくらい簡単に動いてしまいました。また、心配していた発振も起きませんでしたし、聴感上の違和感もありませんでした。しかし、この時の検証が不十分であったために後々苦労することになります。
仮組での検証は入念にすべきだった
仮組での検証結果が良好でしたので、ユニバーサル基板での本組をしてしまいました。
本組が終わったので、特性を測ったときに大問題が発覚しました。入力に何も接続していない状態で信号が出ているのです。しかも、500kHz付近の非常に高い周波数の信号です。そうです、発振です。この発振が非常に厄介で、イヤホン接続時には発生しません。つまり、無負荷時にだけ発信する現象が出てしまいました。
データシート記載の発振対策は副作用が大きかった
発振対策の方法は、njm2073のデーターシートに記載されていました。
データシート記載の発振対策は、確かに効果はありました。しかし、この方法では反転入力への帰還の一部がグランドへ流出してしまいます。その結果、負帰還量が減少し、せっかく下げた利得が上昇してしまうという副作用がありました。また、コンデンサの容量も色々と変えて試しましたが、周波数特性が変化してしまう副作用も出ました。したがって、この方法は諦めて、別の方法を模索するしかありません。
信号経路を総当たりして発振対策を模索
データシート記載の方法は副作用により封印しました。したがって、あとは自分で考えるしかありません。しかし。それほど多くの知恵を持っているわけではありません。そこで、信号経路を総当たりして、解決策を見つけることにしました。
総当たりとは言っても、小さな回路ですから、あたるポイントは多くありません。しかし、最適な場所と最適な定数を見つけるのは根気勝負です。そして、非常に単純な方法で発振を止めることができました。無負荷時発振対策を施した回路図がこれです。
無負荷時の発振なので、実使用には影響はありません。したがって、放置という方法もとれたでしょう。しかし、無負荷で放置した場合の過熱や消費電力の増加を懸念して対策を行いました。
一難去ってまた一難
無負荷時の発振が解決し、特性試験をおこないました。そして、この時問題が発覚しました。矩形波を増幅した時の波形がガチャガチャに歪んでいたのです。
正弦波は歪まないのですが、矩形波はとんでもなく歪んでいます。そして、歪んでいるのは立ち上がりと立下りの部分です。つまり、矩形波に含まれる奇数次の高調波が起因となって、歪みが発生したのでしょう。しかし、これは歪みというよりも、奇数次高調波発振が起きていると考えた方が良さそうです。
しかも、この発振は持続性が見られません。発振が持続しないということは、負帰還は正しく働いていると考えて良さそうです。ということは、消去法で問題点は非反転入力に限定してよさそうです。
非反転入力にも発振対策を施した
発振のきっかけになる高い周波数が非反転入植端子に流れ込まないようにすれば問題解決です。そして、出来上がったのがこの回路です。
注1)回路図中のR5、R6は可変抵抗器に置き換えてください。R8につながる端子が可変抵抗器のワイパーになります。
注2)RLoadは出力側の機器=スピーカーに置き換えてください。
ガチャガチャ対策として、非反転入力端子とグランド間に22nFのコンデンサを設置しました。このコンデンサの容量は以下の式で求めることができます。
R3×C6=R1×C5 これを変形して C6=(R1×C5)/R3 となります。この式に実際の数値を入れると・・・。
C6=(200×47)/510 これを計算するとC6は18.4となります。手持ちの部品からこれに近い22nFのコンデンサを選択しました。
苦労の末m2073を使ったヘッドホンアンプができました
前回作った、lm386を使ったアンプよりも数倍苦労しました。その主な理由は、m2073がlm386と比較して制約が多かったためです。そして、その制約から逸脱すると、容易に発振するからです。これには、まいりました。
問題の発振がようやく収まりましたので、実際に出力波形を見てみましょう。
正弦波入力時の出力波形
正弦波20kHz入力時の出力波形
綺麗な出力波形です。ノイズ、歪みは見られません。
正弦波1kHz入力時の出力波形
これも大丈夫そうです。
正弦波20Hz入力時の出力波形
今回のヘッドホンアンプは、低域までしっかり増幅できるように負帰還回路の定数をきめました。その狙い通り、20Hzでも振幅の減少は見られません。
正弦波10Hz入力時の出力波形
10Hzでも、出力の低下は見られません。
正弦波5Hz入力時の出力波形
驚くことに5Hzまで落としてもしっかり増幅されています。m2073(njm2073)は想像していたよりもずっとハイファイなアンプです。
矩形波入力時の出力波形
次に、矩形波の増幅をしてみましょう。今回のヘッドホンアンプで最も難しかったのが矩形波の再現です。
矩形波20kHz入力時の出力波形
発振対策の結果、信号の立ち上がり、立下りが少しマイルドになっています。そして、残念なことに、リンギングが発生しています。このリンギング成分はざっと見積もって200kHz以上の周波数なので、聴感に影響は無いでしょう。しかし、正直なところ、これ以上の対策は手に余るところです。
矩形波1kHz入力時の出力波形
ほんの僅かにリンギングが出ています。しかし、それ以外は問題なさそうです。
矩形波50Hz入力時の出力波形
意識して低域側まで周波数特性をのばしました。その結果、50Hzでも大きな歪みは見られません。狙い通りの結果が出ています。
矩形波10Hz入力時の出力波形
さすがにここまで周波数を下げると、波形が歪み始めます。
m2073(=njm2073)を使ってみて
m2073(=njm2073)を始めて使ってみました。この目的は、低電圧で動作するヘッドホンアンプを作ることです。実際に、単三電池二本でこのアンプは動作しました。
しかし、その反面、発振退治に手を焼きました。そもそも、最初に起きた発振は、耳には聞こえない周波数でした。したがって放置という選択肢もあったでしょう。また、オシロスコープをあてなければ、発振していること自体気づかなかったでしょう。
データシートに書いてあった発振対策も、効果はありましたが副作用もありました。そして、作った回路に手当たり次第に改造を施しました。そして、何とか解決策を見出すことができました。
しかし、アンプ自体の利得を十分に抑えることができませんでした。このため、無音時に僅かではありますが、ホワイトノイズが聞えます。本来であれば、全くの無音の中から、音が湧き上がってくるようなアンプを作りたかったです。しかし、その思いは叶いませんでした。残念です。