理想オペアンプを目指す
理想オペアンプを目指すことで、より特性の良いヘッドホンアンプを作ってみました。これまで、いくつかのヘッドホンアンプを作ってきました。そして、その性能には満足していました。しかし、出力を大きくすると、出力振幅のオフセット量が大きくなる欠点がありました。しかし、これは必要以上の出力を得ようとした時だけの問題です。ですから、無視しても良い欠点です。しかし、欲を出してこの問題点を解消するのが今回の目的です。
理想オペアンプに近づける
前述の欠点は、オペアンプでは生じません。そこで、理想オペアンプの条件である、オープンループゲイン無限大を目指します。しかし、現実にはオープンループゲイン無限大のオペアンプは存在しません。では、一般的なオペアンプはどのくらいのオープンループゲインなのでしょうか。データシートを参照しましたが、オープンループゲインの記載はありませんでした。しかし、一般的にはオープンループゲインは最大160dBと言われているようです。これは倍率に直すと10の8乗倍ということになります。つまり、1億倍です。これぐらい利得を高くしないと演算増幅器と称する正確な増幅はできないのでしょう。
NE5532を手本に理想オペアンプに近づける
理想オペアンプに少しでも近づけるために、今回お手本としたのはNE5532です。このオペアンプは、オーディオ用としては鉄板といっても良いオペアンプです。理想オペアンプとして、また、ヘッドホンアンプのお手本としてはこれ以上のものは無いでしょう。
NE5532の等価回路を読み解く
先ずは、オペアンプNE5532の回路を読み解きます。NE5532の等価回路図は、素人の私に読み解けるほど単純ではありません。したがって、主要な部分だけを信号の流れに沿って読み解いてみたいと思います。
以前研究したLT1364の等価回路とはかなり様子が異なります。一目でわかるのは位相補償用のコンデンサの多さです。しかも、そこそこ大きな容量のコンデンサが入っています。スルーレートを犠牲にしても、発振を抑えたいという設計思想がうかがえます。LT1364が最低限のスナバ回路で済ませているのとは対照的です。
では、回路を見ていきましょう。①はNE5532の特徴である二つのダイオードです。この回路図では二つのトランジスタが書かれていますが、ベースとコレクタをショートしていますので、ダイオードと等価です。入力信号は②の差動増幅回路で電圧増幅されます。次に、③の二つ目の差動増幅回路で二回目の電圧増幅をしています。そして、バッファリングとボルテージシフトを経て、④で電力増幅されて、出力に至ります。
差動二段増幅回路を設計してみる
お手本のNE5532が差動増幅を二回行うことで利得を稼いでいることが解りました。そこで、早速差動増幅二段のヘッドホンアンプを設計してみました。
電源は12Vで、抵抗分圧で+6Vと-6Vを作っています。また、NE5532に倣って入力はNPNトランジスタで受けています。そして、二段目の差動増幅はPNPで構成しています。続くバイアスは、LT1364を真似して、エミッタフォロワでバッファリングとボルテージシフトをしています。ボルテージシフトを行うことで、電力増幅段をAB級動作にして、スイッチング歪を無くしています。なお、帰還抵抗は200kΩ、帰還の接地抵抗は33kΩとしました。これにより増幅度は7倍(17dB)としました。
発振が心配なので、位相回転もシミュレーションしてみました。
位相余裕については、1.5MHzでも90°以上確保できています。したがって、位相補償は必要ないと判断しました。
シミュレーションは十分に行ったけど問題発生
理想オペアンプに近づけるべく、ブレッドボードに検証用回路を組んでテストしました。テスト自体は概ね良好でした。しかし、過大入力試験を行ったときに問題が起きました。非反転入力に、パルス状に電源電圧を印加したところ、出力がプラス側に張り付いてしまいました。この現象は、入力信号を無くした後も持続します。
色々と調べてみたところ、これはラッチアップという現象の様です。
ラッチアップはなぜ起きる?
ラッチアップとは、回路上に寄生サイリスタが生ずることによって発生する現象とのことです。サイリスタとは、ゲートに電流が入ると、アノード・カソード間に電流を流し続ける素子です。電流を止めるには、電源を切るしかありません。ちなみにサイリスタは以下のような構造になっています。
一番右側(c)の回路ですが、今回設計した回路にも似た部分がありました。この部分です。
今回設計した回路のQ1とQ4、そしてQ2とQ3がサイリスタの等価回路と酷似しています。しかも、今回は抵抗分圧を使用していますので、Q2のベースとQ3のコレクタは34kΩの抵抗を介してつながっています。
NE5532の入力にあるダイオードの役割
今回は、NE5532の真似をした回路です。したがって、NE5532でもラッチアップは発生するはずです。しかし、NE5532は反転入力と非反転入力の間に二つのダイオードを入れることで解決しています。つまり、正負の入力端子間の電圧差をダイオードのVF(=0.6~0.8V程度)に制限してラッチアップを防いでいます。これが、NE5532の入力端子にダイオードが設置されている理由です。
今回の設計にラッチアップ対策を施す
さて、今回のヘッドホンアンプにもラッチアップ対策を施す必要があります。NE5532のように入力端子にダイオードを設置しても良いでしょう。しかし、信号経路に部品を増やしたくありません。そこで、別の方法でラッチアップを防止することにします。今回のラッチアップは、出力信号がグランドラインを通って、差動増幅回路に回り込むのが原因です。そこで、出力端子用のグランドを独立させることにしました。その回路図がコレ↓です。
出力信号専用のグランドを作りました。これにより、ラッチアップのトリガーとなる信号の回り込みを起きにくくしました。
制作
いつものように、ユニバーサル基板上に回路を作り込みました。使用トランジスタは、安価で入手性能良いBC547とBC557を使用しました。日本国内で良く使われている、2SC1815と2SA1015に置き換えても動作するはずです。
そして、出来上がったのがコレ↓です。
性能試験
まずは、負帰還を外し、コンパレーター動作を試してみます。理想オペアンプに近い構成としたので、コンパレーターとしても働くはずです。
三角波を入力(黄色のライン)した時の出力(水色)を観測しました。入力信号が0Vを跨ぐ瞬間に、出力がレール電圧まで振り切っていることが解ります。今回の回路は、コンパレーターとしても動作します。また、この時のP-P電圧9.7Vが、このアンプを電源電圧12Vで動作させたときのレール幅となります。
次に矩形波を入力したときの出力信号を観測します。
20kHzのときのオーバーシュートが目立ちます。出力側にスナバを入れた方が良いかも知れません。
次に正弦波です。
正弦波は問題なさそうです。ちなみに、-3dBポイントは1MHzでした。したがって、このヘッドホンアンプの周波数特性は、DC~1MHz(+0db,-3dB)となります。
次はスルーレートの測定です。
220nSで2.2Vの変化量でした。μ秒あたりの変化量に換算すると、丁度10V/μSとなります。この値は、オーディオ信号用増幅器としては十分な数値です。
次に三角波と階段波を入力して直線性を確認します。
直線性は問題なさそうです。しかし、階段波の方では、オーバーシュートが目立ちます。出力側にスナバを入れるか、負帰還を差動増幅の二段目出力から取るように改めた方が良いかも知れません。
肝心の音質は?
今回は、理想オペアンプに近い構成のヘッドホンアンプです。オペアンプのように正確で、フラットな音が得られるでしょうか?実際に鳴らしてみた印象を書いてみます。
波形を見ると、何となく高域に癖があるように感じるかも知れません。しかし、実際にヘッドホンを接続して聴いてみると、意外にも低域の力強さが印象的です。その一方で、中音域が僅かに後退した印象です。そして、高域は僅かにキラキラ感が感じられます。しかし、ボーカルのサ行が刺さることはありません。全体的にフラットで、ほんの僅かに低域が押し出してくる印象を受けます。なかなか良い出来だと思います。また、これはある意味誤算だったのですが、低電圧駆動にも強く、音量を控えめにすれば、電源電圧3Vでも動作します。