差動増幅回路についての備忘録

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差動増幅回路について、これまでの試行錯誤で得た知見を備忘録として残します。

以前作ったヘッドホンアンプは最高の出来でした。しかし、まだ改良点は残っていると思います。そこで、差動増幅回路の動作原理を、自分なりに解釈し直すことにしました。そして、どうしたら優れた差動増幅アンプが作れるのか、今一度模索してみたいと思います。

以下は、専門知識を持たない者が、経験だけを頼りに書いたものです。したがって、誤りがあるかもしれません。しかし、LTSpiceでシミュレーションを行い、その結果を添えました。これにより、示した回路が正しく動作し、優れた特性が得られることは解っていただけると思います。

差動増幅回路についての備忘録

まずは差動増幅回路の動作について考えてみました。これまで、結構な数のヘッドホンアンプを作ってきました。そして、最近はオペアンプの使用をやめて、専らディスクリート構成にしています。また、電圧増幅部に関しては専ら差動増幅回路を使用しています。しかし、これまで動作原理を理解しないまま設計をしていました。また、ネット上には正しくない情報も時々目にします。そこで、差動増幅回路の動作原理について備忘録的に残すことにしました。

差動増幅回路の基本形

下図が差動増幅回路の基本形です。増幅に使用する素子として、PNPトランジスタを使用した例を以下に示しました。しかし、トランジスタに限らず、FETや真空管などを使用して差動増幅回路を構成することもできます。また、以下の例ではPNPトランジスタを使用していますが、電源の+と-を逆にすればNPNトランジスタで構成することもできます。

差動増幅回路 – 基本形

差動増幅回路には二つの入力、非反転入力と反転入力があります。また、出力も反転出力と非反転出力の二つがあります。もちろん、ここに示した図は基本形です。したがって、様々なバリエーションがあります。

差動増幅回路の動作 – その1:エミッタフォロワ動作

非反転入力に信号を入力した場合、その信号がどのように処理されるのかを考えてみましょう。非反転入力に入力された信号は、トランジスタQ1のベース端子に入力されます。そして、トランジスタQ1のエミッタフォロワ動作により、Q1のエミッタ端子から出力されます。この時、信号の電圧は、トランジスタQ1のVbe(ベースエミッタ間電圧)だけオフセットします。また、ベース端子に入力された信号の振幅と、エミッタ端子から出力される信号の振幅は同一です。ここまでの動作を、LTSpiceで確認してみましょう。

動作のシミュレーションに使用した回路
動作のシミュレーションに使用した回路

上図のQ1のベース端子の電位は0V(青色で0Vと表示)、エミッタは701mVと表示されました。つまり、Vbeは約0.7Vということです。次に、入力信号の波形と出力信号の波形を見てみましょう。

エミッタフォロワの入力と出力
エミッタフォロワの入力と出力

上図の左側は入力信号の波形です。そして、右側が出力波形です。比較すると、出力信号は、トランジスタQ1のVbe(約0.7V=700mV)だけオフセットしています。しかし、振幅は同一です。また、波形も一致していることが解ります。

差動増幅回路の動作 – その2:ベース接地増幅

差動増幅回路の面白いところは、一つのトランジスタが二つの動作をすることです。一つは前述のエミッタフォロワです。エミッタフォロワの増幅度は1(つまり、入力と出力の振幅は同じ)で、位相はそのままです。もう一つの動作は、ベース接地増幅です。この動作では、エミッタから入力された信号が増幅され、コレクタ端子から出力されます。

Q1とQ2は相似形だけど動作が異なる
Q1とQ2は相似形だけど動作が異なる

では、上図の回路をシミュレーターを使って確認してみましょう。試験用の回路ではRc2の電流値×Rc2の抵抗値が出力振幅(電圧)となります。

ベース接地回路による増幅結果の確認
ベース接地回路による増幅結果の確認

上図の左側がRc2に流れる電流です。P-P(Peak to Peak)で0.00099mAとなっています。これにQ2のコレクタ抵抗2kΩ=2000Ωをかけると、1.98mVとなります。これは、画像右側のシミュレーション結果から読み取った振幅2.1mVと概ね一致します。

エミッタフォロワとベース接地に負帰還を加える

ここまでは、差動増幅回路の動作をエミッタフォロワとベース接地増幅回路に分解して考えてみました。これに、負帰還を加えると差動増幅回路となります。ここでは、入力と出力の位相が同一である、非反転増幅回路で、動作検証をしてみたいと思います。

負帰還 - 増幅度5倍
負帰還 – 増幅度5倍

負帰還を行うことで、増幅率を決めることができます。また、負帰還はひずみを減少させる効果もあります。上に示した回路の増幅率は、R7とR8の比率で決まります。増幅率は1+R8/R7となります。したがって、上図に示した回路の増幅率は5倍となります。入力信号の振幅P-P(Peak to Peak)は10mVですので、出力信号のP-Pは50mVとなるはずです。では、シミュレーション結果を見てみましょう。

負帰還5倍出力波形
負帰還5倍出力波形

計算式どおりであれば、出力信号の振幅は50mVとなるはずです。しかし、シミュレーション結果のグラフから出力信号の振幅を読み取ると、振幅は概ね42mV程度です。

出力振幅が計算通りにならない理由

出力信号の振幅が、計算通りにならないのには、二つの理由があります。一つ目はオープンループゲインの不足です。そして、二つ目の理由は、差動増幅出力のドライブ能力不足のためです。

問題解決のため、先ずは、オープンループゲインを増加させてみようと思います。オープンループゲインを増加させるには、差動増幅回路を定電流動作させる方法があります。その他、差動増幅回路の出力側の負荷抵抗を、カレントミラー回路に置き換える方法があります。その他にも、差動増幅回路の後段に更に電圧増幅回路を加える方法等があります。

カレントミラーでオープンループゲインを高める

まずは、比較的簡単に実装できる、カレントミラー回路を試してみます。最初に、差動増幅部と同一のトランジスタを使って、カレントミラーを構成してみます。

PNPカレントミラー負荷差動増幅回路
PNPカレントミラー負荷差動増幅回路

この回路では、カレントミラーを差動増幅部と同じPNPトランジスタで構成しています。しかし、この回路では、電圧降下を生じさせる抵抗、R5とR6が必須です。したがって、部品点数が増加する欠点があります。

PNP+PNPカレントミラー シミュレーション結果
PNP+PNPカレントミラー シミュレーション結果

出力信号の振幅はP-Pで概ね45mVです。抵抗負荷と比較して、僅かではありますが、理論値に近づきました。

ここでもう一つ、カレントミラーをNPNトランジスタを使って実装してみましょう。

NPNトランジスタを使用したカレントミラー
NPNトランジスタを使用したカレントミラー

差動増幅部のトランジスタと、逆の極性を持ったNPNトランジスタを使用してカレントミラーを作りました。この回路では、カレントミラー回路トランジスタのエミッター端子をマイナス電源に直付けできます。そのため、電圧降下させるための抵抗を省略でき、部品点数を減らせます。この回路のシミュレーション結果を見てみましょう。

PNP+NPNカレントミラー シミュレーション結果
PNP+NPNカレントミラー シミュレーション結果

振幅幅P-Pは概ね48mVで、理論値の50mVに更に近づきました。

差動増幅回路の二段構成

差動増幅回路のオープンループゲインを増加させるもう一つの方法、差動増幅回路の二段構成を試してみます。この方法は、一度でダメなら、もう一回やってみるという、安直な方法です。しかし、この方法はかなり有効です。しかも、オープンループゲインの改善の他にも、利点があります。これについては、シミュレーション結果を使って説明します。

先ずは、安直に同じ回路を二つ並べた回路です。

PNP差動増幅回路二段構成
PNP差動増幅回路二段構成

この回路は、ご覧の通り、一段目と同じ回路がもう一つ追加されています。では、この回路のシミュレーション結果を見てみましょう。

PNP差動増幅二段構成 シミュレーション結果

振幅は47mVくらい出ているように見えます。また、グラフ左端の電圧表示に注目してください。振幅の中心は-36mVあたりにあります。これまでのシミュレーション結果よりも、振幅中心が0Vに近くなっています。

次に、二段目の差動増幅回路を、一段目と逆の極性を持ったNPNトランジスタで構成してみましょう。

PNP差動増幅+NPN差動増幅
PNP差動増幅+NPN差動増幅

一段目と二段目の差動増幅回路の天地が逆になっているのが解ると思います。

PNP差動増幅+NPN差動増幅 シミュレーション結果
PNP差動増幅+NPN差動増幅 シミュレーション結果

振幅は、PNP差動増幅二段とあまり変わっていません。しかし、信号のオフセットが僅かではありますが、更に0Vに使づいたことが解るかと思います。

オフセットを更に小さくする

本来、差動増幅回路の出力オフセットは、負帰還によって打ち消されるはずです。しかし、これまでのシミュレーション結果を見る限り、そのようにはなっていません。では、なぜ出力のオフセットが負帰還で消すことができないのでしょうか。その理由は沢山あるでしょう。トランジスタの特性のばらつきもそのうちの一つです。しかし、実際にシミュレーションを重ねることで、オフセットを小さくする方法が少しわかりました。

それでは、私が経験に基づいて作った、オフセットの小さい差動増幅回路を以下に示します。

私が考える究極の差動増幅回路
私が考える究極の差動増幅回路

経験上、電圧増幅を担う差動増幅回路を高めのインピーダンスにすると良い結果になります。また、負帰還を電力増幅回路の出力から取ることで、差動増幅回路への影響が無くなります。つまり、差動増幅回路のドライブ能力は、負帰還信号を取り出すだけで影響されるほど低いのです。

そして、低いドライブ能力を補うためのバッファは必須と考えた方が良いでしょう。一般的なダイオードによるボルテージシフト回路すらドライブできないほど能力は低いです。そのため、エミッタフォロワを二つ組み合わせた、ダイアモンドバッファ回路で補っています。ダイアモンドバッファで、インピーダンスを下げ、同時にボルテージシフトも行っています。この信号で、後段のプッシュプル回路をA-B級動作させています。

では、シミュレーション結果を見てみましょう。

差動増幅二段+ダイアモンドバッファ+プッシュプル - シミュレーション結果
差動増幅二段+ダイアモンドバッファ+プッシュプル – シミュレーション結果

如何でしょうか?振幅は、理論値の50mVとほぼ一致しています。また、振幅の中心は0Vで、信号のオフセットは見られません。

今回の考察を元にヘッドホンアンプを作る

今回行った考察と、シミュレーションを元に、ヘッドホンアンプを作ってみようと思います。買い揃えなければいけない部品がありますので、すぐには無理です。しかし、自分なりに優れた小電力アンプの作り方が解りましたので、これを形にしたいと思っています。