オフセットが小さくて音の良いヘッドホンアンプを作りました

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オフセットが小さくて、音が良く、乾電池で長時間使えるヘッドホンアンプを作りました。ポータブルヘッドホンアンプとして、基本を見つめ直して、設計からやり直してみました。今回は、以前備忘録として書いた記事の続編です。設計し、シミュレーションし、実際に組み立てを行い、性能試験までやってみました。

今回の改良の目的は以下のとおりでず。

  1. 出力オフセットを小さくする
  2. 過大入力によるラッチアップを起きにくくする
  3. 入力インピーダンスを高くする
  4. 回路の簡素化
  5. 消費電力の削減

どのようにして改良するのか – オフセット縮小とラッチアップ対策

前項の改良点を考慮して作成した回路図を以下に示します。

オフセットの小さなヘッドホンアンプ回路図
改良を施したヘッドホンアンプ回路図

出力オフセットに関しては、差動増幅回路の部品定数変更で行います。差動増幅回路を高インピーダンス化することで、オフセットは小さくなります。また、従来も行ってきましたが、一段目差動増幅回路と二段目の差動増幅回路を逆極性にしています。これにより、一段目と二段目で、オフセットが相殺されます。

差動増幅段のハイインピーダンス化と一段目二段目の逆極性化
差動増幅段のハイインピーダンス化と一段目二段目の逆極性化

ラッチアップは回路上に、寄生サイリスタが構成されることによって起きます。今回は差動増幅部を高インピーダンス化しています。これにより、差動増幅の二段目から一段目への信号回り込みが減少します。併せて、一段目をPNPトランジスタ、二段目をNPNトランジスタにしました。これらの対策によって、ラッチアップの発生を回避しています。

どのようにして改良するのか – 入力の高インピーダンス化

アンプの基本は、ハイ受けロー出しです。つまり、入力インピーダンスを高くし、出力インピーダンスを低くします。これにより、接続機器による影響を小さくできます。入力の高インピーダンス化は、非反転入力のグランド抵抗を大きくすることで行います。しかし、グランド抵抗を極端に大きくするとノイズを拾い易くなりますので注意が必要です。今回は極端な変更は避け、グラント抵抗を20kΩにしました。

入力の高インピーダンス化と帰還抵抗の調整
入力の高インピーダンス化と帰還抵抗の調整

なお、差動増幅回路の非反転入力と反転入力のグランド抵抗は、同一の抵抗値が望ましいです。抵抗値が極端に異なると、聴感上違和感を感じます。なお、グランド抵抗変更に伴う増幅率の変化を無くすため、負帰還抵抗の変更も必要です。

どのようにして改良するのか – 簡素化と低消費電力化

回路の簡素化については、カレントミラー負荷を廃しました。さらに、ダイアモンドバッファの配置見直しによって、ジャンパー線を削減しました。

ダイアモンドバッファのエミッタ抵抗を変更
ダイアモンドバッファのエミッタ抵抗を変更

消費電力の削減については、ダイアモンドバッファのエミッタ抵抗を大きくすることで実現しました。しかし、これにより、バッファによるボルテージシフト量が不足し、スイッチング歪みが発生します。しかし、スイッチング歪は一段目の差動増幅回路に負帰還することで消されます。また、高抵抗化により、電力増幅段に送り込まれる電流量が少なくなるため、出力の低下が生じます。しかし、ヘッドホンアンプとしては、十分な出力は維持されます。しかし、スピーカーを鳴らすには不足です。したがって、スピーカーを鳴らす目的なら、バッファと電力増幅段の見直しが必要です。

シミュレーションによる特性確認 – オフセットのシミュレーション

今回の改良の目的の一つは、低オフセット化です。先ずは、正弦波の増幅を行い、オフセットの確認をします。

オフセットの確認
オフセットの確認

波形を見ると、ほんの僅かですが、マイナス側にオフセットしています。しかし。オフセット量は目測ですが、1mV程度です。

次に、周波数による出力と位相回転を確認します。

周波数による出力電圧と位相の変化
周波数による出力電圧と位相の変化

シミュレーション結果のグラフを見ると、20kHzあたりから位相回転が顕著になり始めます。位相回転により、出力も変化します。そして、150kHzあたりで、出力電圧はピークになります。

位相回転による弊害1 – 発振

190kHz入力時の入力信号(青線)と帰還信号(緑線)の波形
190kHz入力時の入力信号(青線)と帰還信号(緑線)の波形

上図のシミュレーション結果でも解るように、出力のピークを少し過ぎたあたり(190kHz)で、帰還信号の位相が180°回転しています。これにより、逆位相の信号が反転入力に印加されます。その結果、入力信号に負帰還信号が足し合わされることとなります。つまり、位相回転により差し引かれるはずの負帰還信号が、足し合わされることになります。これにより、入力信号→逆位相信号→負帰還入力のはずが正帰還になってしまいます。この連鎖によりアンプは発振を始めてしまいます。

ただし、今回作るアンプは発振しません。その理由は、周波数と位相回転のグラフから読み取れます。グラフ上の点線(位相)が180°の時点の増幅度(実線)は下がっています。つまり、信号の増幅の連鎖を維持できるだけの増幅率が無いため、発振はしません。

位相回転による弊害2 – オーバーシュート

矩形波を使ったシミュレーションを行ってみましょう。

1kHz矩形波入力時の出力波形
1kHz矩形波入力時の出力波形

シミュレーション結果のグラフを見ると、信号の立ち上がりと立ち下がり部分にひげ状の線が表れています。そして、この部分を子細に見ると、大きなひげが出た後、徐々に減衰しています。この状態は、オーバーシュートというよりも、リンギングと呼ばれる状態です。

このリンギングやオーバーシュートは位相遅れ信号が帰還されることで起きます。

オーバーシュート、リンギング対策

シミュレーションで発生が確認できたオーバーシュート(今回の減少はリンギングに近い)対策を行います。ただし、個人的には信号経路にコンデンサを置きたくありません。そこで、ここでは一般的なオーバーシュート対策の結果をシミュレーションで確認します。しかし、前述の理由で、実機への対策は見送ります。

オーバーシュートは、位相が遅れた信号が、帰還されることで発生します。したがって、位相を進め、位相遅れの状態を解消すればオーバーシュートは無くなります。では、位相を進めるにはどうすれば良いのでしょうか。これは、意外と簡単です。今回の回路であれば、負帰還抵抗と並列に進相コンデンサを設置すればよいのです。これを回路図に落とし込んでみましょう。

進相コンデンサを追加
進相コンデンサを追加

この回路に、矩形波を入力した時のシミュレーション結果を見てみましょう。

進相コンデンサ設置の効果 - シミュレーション結果
進相コンデンサ設置の効果 – シミュレーション結果
進相コンデンサ追加時の周波数・位相特性
進相コンデンサ追加時の周波数・位相特性

シミュレーションの結果、進相コンデンサによって、オーバーシュートは無くなりました。しかし、進相コンデンサによる悪影響もあります。周波数特性のグラフを見ると、進相コンデンサによって5kHz以上で出力減衰が見られます。

オーバーシュート対策を行わない理由

オーバーシュート対策によって、シミュレーションの結果からも分かるように、高域の信号が減衰します。この減衰量は感じられないほど僅かなものです。しかし、発生するオーバーシュートの周波数成分は150kHz~200kHzで、可聴域から十分離れた周波数です。また、分量としては3dB程です。割合にして30%です。可聴域を大きく超えた周波数成分が、30%増えたところで、聴感に影響はありません。また、接続したヘッドホンのボイスコイルを焼き切ってしまうこともありません。つまり、無害な信号です。無害な信号を無くすために、高域特性を悪くする部品を付けたくありません。これが、オーバーシュート対策を見送った理由です。

オフセットの小さいヘッドホンアンプの製作

以上、シミュレーションを行い、発振等の危険な現象が発生しないことが確認できました。また、不快なポップノイズの原因となるオフセットは、目論見通り小さいことも確認できました。これらの結果を踏まえ、回路を組みました。出来上がったヘッドホンアンプがこれです。今回も、きちんと箱に収めました。

今回作ったヘッドホンアンプ外観
今回作ったヘッドホンアンプ – 内部・回路基板

ヘッドホンアンプの性能試験 – オフセットは小さくできたのか

今回のヘッドホンアンプの目的の一つは、出力オフセットの低減です。出力オフセットは、不快なポップノイズの原因になります。また、過大な場合にはヘッドホンへ悪影響を及ぼすこともあります。ですから、出力オフセットは小さいほど良いと思っています。では、オフセットを測定してみましょう。

出力オフセットの測定
出力オフセットの測定

出力オフセットを測定したところ、0.3mVでした。これは、十分小さな値で、かなり優秀だと思います。

出力波形

次に出力波形を見てみましょう。

1Hz矩形波
1Hz矩形波
1kHz矩形波
1kHz矩形波

シミュレーションで解っていましたが、やはり実機でもオーバーシュートは発生しています。

20kHz矩形波
20kHz矩形波

20kHzの測定結果では、ハッキリとリンギングの発生が確認できます。対策は可能ですが、前述のとおり対策は行わず、このままの状態で使用したいと思います。

次に、正弦波を入力して、出力波形を観測してみます。

1Hz正弦波 - ここでもオフセットの小ささが解ります
1Hz正弦波
1kHz正弦波 - Vavgを見るとなんと0Vです。これはオフセットが無いことを表しています。
1kHz正弦波
20kHz正弦波 - Vavgを見るとなんと0Vです。これはオフセットが無いことを表しています。
20kHz正弦波

1Hz~20kHzの正弦波については、綺麗な波形が出ています。入力インピーダンスを上げたことによる、外来ノイズの流入は、これらの波形には見られません。したがって、入力インピーダンスはもっとあげても良いかも知れません。

つぎに、スルーレートの測定を行ってみましょう。

スルーレート測定結果 - オフセットは小さくなったが、スルーレートはイマイチでした
スルーレート測定結果

スルーレートはあまりよくありません。1.78μS当たりの電圧変化は298mVです。これを1μSあたりに換算すると、0.167V/μSとなります。電源電圧±4.5Vでの測定ですので、少し不利な条件です。しかし、一般的なオペアンプの測定条件に合わせて、電源電圧±15Vとしても、0.5V/μS程度です。

音質はどうなのか?

音質の方は、シミュレーションの結果でもある程度分かっていました。しかし、改めて実際に聴いてみたところ、発生していたオーバーシュートに関しては、聴感上影響はありませんでした。むしろ、印象的だったのは低域の力強さでした。しっかりと、負帰還をかけて、ダンピングファクターはかなり低いはずです。しかし、出てきた音は、意外とユルイ感じの低音です。高域の方も、音量を上げると、ボーカルのサ行が刺さる音です。何となく古臭い感じの音が出てきます。前回作ったヘッドホンアンプの、しっかり締まって、悪く言えば窮屈な音とは一線を画しています。個人的な趣向とは方向性が違います。しかし、おおらかで、ラウドネスが効いたような鳴り方は、意外と万人受けすると思います。良くできたヘッドホンアンプだと思います。

ちなみに目的の一つであった、消費電力について書き添えておきます。電源電圧9V動作時の、アイドル電流は5mAでした。したがって消費電力は45mWとなります。ですから、006P電池一個で100時間は稼働するでしょう。