良いとこ取りは無理なのか – ヘッドホンアンプ再々改良?
![](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240120_182752.jpg?fit=1024%2C768&ssl=1)
良いとこ取りは無理だったようです。前回作ったヘッドホンアンプは、万人受けするであろう音質でした。しかし、信号経路にコンデンサを使わないというこだわりが仇となりました。位相回転によるオーバーシュートが出ていました。また、消費電力を抑えたため、出力信号がクリップしやすくなっていました。そこで、今回はこだわりを捨て、消費電力も犠牲にして、さらに特性アップを狙いました。
オーバーシュートは聴感に影響しないけど気持ち悪い
前回作ったヘッドホンアンプは、シミュレーションでもオーバーシュートの発生は分かっていました。しかし、オーバーシュートの周波数成分は、可聴域から十分離れています。そのため、聴感上影響はありませんので放置することとしていました。しかし、実機でも派手に出ていたオーバーシュートの波形を目にして、対策したいと思いました。これは、心理的な音質向上措置です。
![](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/%E7%9F%A9%E5%BD%A2%E6%B3%A220kHz.png?resize=644%2C386&ssl=1)
消費電力削減でクリップ発生
アンプというものは、入力信号を強めれば必ず出力信号はクリップします。しかし、どのくらいの入力信号でクリップが発生するのかは、電源電圧と回路定数によります。前回のアンプでは、二段目の差動増幅回路がクリップしやすい状態となっていました。これは、消費電力を削減するために、二段目の電力増幅部の極端に高インピーダンス化したためです。
オーバーシュート対策を施した回路図
こだわりを捨て、消費電力を犠牲にし、設計し直した回路図です。
![こだわりを捨て消費電力を犠牲にした回路](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/%E7%89%B9%E6%80%A7%E9%87%8D%E8%A6%96%E5%9B%9E%E8%B7%AF%E5%9B%B3.png?resize=644%2C177&ssl=1)
変更点1:二段目差動増幅回路の低インピーダンス化
従来、二段目差動増幅回路のコレクタ抵抗は2MΩ、エミッタ抵抗は1MΩでした。これを、コレクタ抵抗200kΩ、エミッタ抵抗100kΩに変更しました。これにより、僅かではありますが、消費電力は上昇します。また、オープンループゲインは1/3程度に減少します。この変更により、クリップしにくい回路としました。
変更点2:ダイアモンドバッファのエミッタ抵抗
前回のアンプでは、ダイアモンドバッファのエミッタ抵抗を10kΩとしていました。これを、2.2kΩに変更しました。これにより、消費電力は増加します。しかし、電力増幅段をAB級動作させるためのボルテージシフト量の不足が解消されます。これにより、負帰還を受ける一段目差動増幅の負荷が減り、P-P出力電圧が減少します。これは、クリップの発生防止にも寄与します。
変更点3:入力端子のグランド抵抗変更
アンプの原則である、ハイ受けロー出しを更に進め、グランド抵抗を20kΩから33kΩに変更しました。併せて、帰還抵抗を200kΩに変更し、増幅率を17dBに高めました。
変更点4:進相コンデンサの設置
出力の位相遅れによるオーバーシュートをキャンセルするため、帰還抵抗と並行して5pFの進相コンデンサを設置しました。
新設計回路のシミュレーション
設計の結果、狙った効果が出ているのか、いつものようにLTSpiceでシミュレーションしてみました。なお、シミュレーションに使用したスキマチックファイルは以下のリンクからダウンロードできます。
先ずは、ステップ応答のシミュレーション結果を見てみましょう。
![ステップ応答のシミュレーション結果 - オーバーシュートは消えたのか?](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%97%E5%BF%9C%E7%AD%94.png?resize=644%2C414&ssl=1)
こだわりを捨てて設置した、進相コンデンサのおかげで、オーバーシュートは綺麗になくなっています。
次に、正弦波でのシミュレーション結果を見てみます。
![](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/1kHz%E6%AD%A3%E5%BC%A6%E6%B3%A2.png?resize=644%2C437&ssl=1)
正弦波の結果を見る限り、信号のオフセットはありません。
次に、周波数特性と位相のシミュレーション結果を見てみましょう。
![](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/%E5%91%A8%E6%B3%A2%E6%95%B0%E7%89%B9%E6%80%A7.png?resize=644%2C387&ssl=1)
周波数特性は、20kHzあたりまでフラットです。また、目測で-3dBポイントは100kHz近辺です。したがって、可聴域はきちんと増幅出来ています。また、進相コンデンサの働きにより、以前見られた、高域での増幅率の盛り上がりは無くなっています。
組み立て
シミュレーションの結果が良好でしたので、実際に組み立てを行います。組み立ての最初の段階は、トランジスタの選別を行います。トランジスタの特性のばらつきは、過剰に神経質にならなくても良いでしょう。しかし、トランジスタのvf(順方向電圧)が極端に異なっていた場合、破損の恐れがあります。これは、バッファ段と電力増幅段のvfの差異が、トランジスタ熱暴走の原因となるからです。また、差動増幅段では、特性のばらつきがオフセットの原因となります。オフセットは、基本的に負帰還によって消えます。しかし、ばらつきが極端な場合には、負帰還によって消しきれないことがあります。
そのため、先ずはトランジスタ選定を行います。
![](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240119_152616.jpg?resize=644%2C483&ssl=1)
トランジスタの選別が終わったら、基板にトランジスタを植えます。一般的には、背の低い部品から植えていきます。しかし、私は見栄え優先で、トランジスタの高さを揃えやすくするために、最初に植えます。
![ランジスタを植え終わりました](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240119_172742.jpg?resize=644%2C483&ssl=1)
トランジスタを植え終わったら、抵抗とコンデンサを植えます。
![基板への部品実装が終わりました良く見ると、オーバーシュート対策の進相コンデンサが見えます](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240119_225937.jpg?resize=644%2C483&ssl=1)
基板が出来上がったら、はんだ面の配線と、入出力ジャック等の外付け部品を取り付けます。今回は、ケースに収めますので、ボリューム、ジャック類はケースマウント用を使用します。
![外付け部品への配線が完了しました](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240120_182039.jpg?resize=644%2C483&ssl=1)
ケースに収める前に動作確認
外付け部品も含め、配線が終わったら、ケースに収める前に動作確認をします。特に、基板の裏面に関しては、ケースに収めてしまうと、アクセスが難しくなります。したがって、ここではデバッグ的な目的で動作確認をします。
![ケース収める前の動作確認](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240120_182752.jpg?resize=644%2C483&ssl=1)
なお、この段階での動作確認では、電源に安定化電源を使用します。その理由は、回路のショートや発振などで、過大な電流が流れないようにするためです。安定化電源であれば、電流制限ができます。また、電流量をリアルタイムで確認できます。
性能試験:オフセット
ケースへの設置が終わりましたので、性能試験を行います。先ずは、アイドル状態でのオフセットを測定しました。
![アイドル状態でのオフセット測定](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/IMG_20240120_221347.jpg?resize=644%2C483&ssl=1)
オフセットは見事に0.0mVでした。素晴らしい結果が出たと思います。
性能試験:オーバーシュートは消えたのか?
次に矩形波を入力し、ステップ応答を確認します。
![1Hzステップ応答](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/1Hz%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%97%E5%BF%9C%E7%AD%94.png?resize=644%2C386&ssl=1)
![1kHzステップ応答](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/1kHz%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%97%E5%BF%9C%E7%AD%94.png?resize=644%2C386&ssl=1)
1kHzのステップ応答を見ると、信号の立ち上がり、立下り部分に僅かがオーバーシュートが見られます。しかし、この後のステップ応答を勘案すると、測定時のプロービングによる誤差のようなものでしょう。
![20kHzステップ応答オーバーシュート対策により、若干信号が鈍っています](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/20kHz%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%97%E5%BF%9C%E7%AD%94.png?resize=644%2C386&ssl=1)
20kHzまで周波数を上げると、進相コンデンサの影響で、高域特性が抑えられていることが解ります。オーバーシュートと、高域特性の減退とどちらがマシなのでしょうか。悩ましいところです。聞こえないオーバーシュートと可聴域外の利得減少、どちらも音に影響はありません。したがって、どちらを取るかは、利用者のポリシーでしかありません。
性能試験:正弦波
次に正弦波を見てみましょう。
![1Hz正弦波オーバーシュート対策は、正弦波には影響しません](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/1Hz%E6%AD%A3%E5%BC%A6%E6%B3%A2.png?resize=644%2C386&ssl=1)
![1kHz正弦波オーバーシュート対策は、正弦波には影響しません](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/1kHz%E6%AD%A3%E5%BC%A6%E6%B3%A2-1.png?resize=644%2C386&ssl=1)
![20jHz正弦波オーバーシュート対策は、正弦波には影響しません](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/20kHz%E6%AD%A3%E5%BC%A6%E6%B3%A2.png?resize=644%2C386&ssl=1)
正弦波の方は、いずれの周波数も綺麗な波形が見られます。また、周波数による振幅の増減も見られません。見事です。
なお、-3dBポイントも探してみました。
![-3dBポイント](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/3dB%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88.png?resize=644%2C386&ssl=1)
-3dBポイントは120kHzでした。これは、シミュレーション結果と概ね一致します。
次に、スルーレートを計測してみました。
![スルーレート計測オーバーシュート対策でスルーレートへの影響はあったのでしょうか](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/SR.png?resize=644%2C386&ssl=1)
1.2μSあたりの電圧変化は398mVでした。これをμ秒あたりに換算すると、0.3V/μSとなります。あまりよい数字ではありません。これまで作ってきたヘッドホンアンプから推察すると、抵抗負荷ではこの程度が限界です。しかし、カレントミラー負荷であれば、スルーレートを向上させることができます。
消費電力
今回は、低消費電力を意識せずに設計しました。その結果、消費電力はどの程度になったでしょうか。先ずは、LTSpiceでのシミュレーションから見ていきましょう。
![電源からの流出電流シミュレーション結果オーバーシュート対策後の消費電流](https://i0.wp.com/pooq.biz/wordpress/wp-content/uploads/2024/01/%E5%9B%9E%E8%B7%AF%E9%9B%BB%E6%B5%81.png?resize=644%2C416&ssl=1)
シミュレーション結果のグラフでは、回路に10.3mA程度の電流が流れるようです。そして、実機で確認したところ、回路の電流値は12mAでした。これは、若干の誤差は含んでいますが、シミュレーション結果と概ね一致します。なお、計測時の電源電圧は9Vですので、消費電力は108mWとなります。この値から推察すると、006P乾電池での動作時間は40時間少々となるはずです。この程度、稼働時間を稼げるなら、ポータブルアンプとしての実用性はあると思います。
音質について – オーバーシュート対策で音は変わったのか?
前回作ったヘッドホンアンプと比較して、入力抵抗を1.5倍の33kΩにしました。恐らくその結果だと思いますが、更に低域の量感が増しました。また、高域も伸びているように感じました。やはり、伸び感のある音にするためには、アンプの基本であるハイ受けロー出しが効くようです。個人的には、入力抵抗が低めのアンプの、窮屈ですが、締まった音が好きです。しかし、入力抵抗を上げたアンプで得られる、ラウドネスの効いたような音にも魅力を感じています。良くできたアンプだと思います。