VカットPCBを使う
VカットPCBが出来上がってきました。そこで、早速PCBをポキポキ折って、いつものように部品を植えてみました。
VカットPCBの分離は簡単
JLCPCBに発注したVカットPCBは、シュリンクパッケージに入った状態で送られてきました。
パッケージに貼られたラベルには「V割」という記載がありました。そして、PCBを取り出してみると、しっかり分割用の溝が彫られていました。
PCBの分割は簡単です。PCBを折り曲げるように力を加えると、分割溝の部分で割れます。この作業は、思っていたよりも簡単です。道具も必要ありませんし、テクニックもいりません。しかし、ランド部分に指紋が付くとはんだの乗りが悪くなります。したがって、PCBを分割する際には、素手で触らないように、手袋を使うと良いでしょう。
そして、分割した後のPCBは、こんな感じです。
分割したPCBに部品を植えて、ヘッドホンアンプを組み立てる
今回作ったPCBは、差動増幅二段、電力増幅一段構成のヘッドホンアンプです。差動増幅段にはBC547とBC557を使用します。そして、ダイアモンドバッファとブッシュプル電力増幅段には、SS8050とSS8550を使用します。
回路図は以下の通りです。※この回路図には問題があります。詳しくはこちらをご覧ください。
この回路は、実績のある回路です。しかし、今回は少し冒険をして、二段目の差動増幅回路の定数を変更しました。マイルールでは、差動増幅回路のエミッタ抵抗とコレクタ抵抗の比は1:2です。こうすることで、出力電位が0Vに近くなるはずです。しかし、実際にはVbe(0.6~0.7V程度)分だけオフセットします。そこで、オフセット分を見込んでエミッタ抵抗とコレクタ抵抗の比率を変更しました。
しかし、実施にはオフセットは、フィードバックにより一段目の差動図副回路でキャンセルされます。したがって、この変更は無意味かもしれません。また、一段目差動増幅と二段目差動増幅は逆極性となっています。ここでもオフセットは相殺されますので、二段目の回路定数変更は、逆効果になる可能性もあります。
発振の可能性をシミュレーションで確認する
アンプを作るうえで、必ず押さえておきたいのは発振です。アンプの発振は、とても厄介です。特に、可聴域外の発振は、測定器を使わなければ分かりません。しかし、アンプの消費電力は上昇し、素子は過熱します。最悪の場合、焼損の可能性もあります。
発振は、180°遅れた信号がフードバックされることによって起きます。したがって、180°位相回転が起きる周波数の利得が重要です。利得がマイナスであれば発振しません。逆に、180°位相が回転する周波数の利得がプラスの場合には、何らかの措置が必要となります。
先ずは、シミュレーションで確認します。
Spiceでのシミュレーション結果では、4MHzあたりで180°位相が回転します。その時の利得は、-6dBくらいですので、発振は起きません。しかし、これは飽くまでシミュレーションの結果です。実際の回路では発振するかも知れません。しかし、今回の回路は十分な実績がありますので、ぶっつけ本番で組み立てます。
組み立て
久しぶりの組み立てです。諸藩事情で、器具の準備に手間取り、組み立てにかなりの時間を割いてしまいました。
今回は、背の低いケースに収めますので、コンデンサは寝かした状態で取り付けました。
VカットPCB使用ヘッドホンアンプの性能試験
組み立てが終わったら、ケースに組み込む前に性能試験を行います。万一、組み立てに問題が発見された場合、このほうが修正が楽です。
いちいちオシロスコープを持ち出すのは面倒です。しかし、高い周波数での発振の確認は、測定器無しでは無理です。
性能試験:正弦波
VカットPCBで作ったヘッドホンアンプで正弦波の増幅を行いました。先ずは、1Hzです。
差動増幅回路を使用した、DCアンプですから、低い周波数は得意です。見事に増幅してくれています。
次に1kHzの正弦波を増幅してみました。
見事な波形です。しかし、10mVのオフセットが発生しています。この程度であれば、接続のヘッドホンやイヤホンに悪影響を及ぼすことはありません。しかし、二段目の回路定数変更は失敗と言えるでしょう。
次に20kHzの正弦波を見てみましょう。
波形の方は完ぺきといってよいでしょう。しかし、オフセットは気になるところです。
次に100kHzの正弦波を見てみましょう。シミュレーションの結果では、100kHzあたりで、わずかに利得が増加する傾向が見られました。これを実機でも確認します。
僅かではありますが振幅の増加が見られます。しかし、この増加量は0.14dB程度です。無視しても差し支えないレベルです。
次に、-3dBポイントを探ってみました。その結果、1MHzが-3dBポイントでした。
1MHzで概ね-3dBとなりました。しかし、波形も大分崩れています。また、可聴周波数を大幅に上回っていますので、この数字に意味はありません。
性能試験:矩形波
VカットPCBを使ったヘッドホンアンプで、正弦波に続き、矩形波の増幅を行いました。正弦波と異なり、矩形波は、奇数次の高調波を含んでいます。つまり、高域特性や位相回転が結果に影響を及ぼします。特に、位相回転が顕著な場合、波形に乱れが生じます。また、最悪の場合発振を起こしてしまいます。矩形波の増幅は、アンプにとってはシビアコンディションと言えるでしょう。先ずは1Hzの矩形波から見てみましょう。
DCアンプですから、低い周波数は得意です。1Hzの矩形波は、見事に増幅されました。
次に1kHzを見てみましょう。
わずかではありますが、信号の立ち上がり部分にオーバーシュートが見られます。この程度であれば、無視できます。また、聴感上の影響は感じられないはずです。
次に20kHzの矩形波を増幅してみましょう。
オーバーシュートが顕著になってきました。しかし、このスパイク状のオーバーシュートは、非常に短い時間で収束しています。したがって、発振に移行する心配はありません。また、これだけ短い時間ですので、恐らくヘッドホンやイヤホンの振動版が追従しないでしょう。したがって、このオーバーシュートが音を濁すことはありません。
もう少し、時間軸を拡大してみましょう。
オーバーシュートは1マイクロ秒で収束しています。無視して良いと思います。
性能試験:スルーレート
スルーレートの測定も行ってみました。スルーレート(Slew Rate)は、信号の立ち上がりの速さを表します。この数値が大きいほど、信号の追従性が良いと言えます。オペアンプの場合は1マイクロ秒あたりの電圧変化で表記します。また、オーディオ機器の場合は1ミリ秒あたりの電圧変化で表記されることが多いようです。
ここでは、オペアンプと同じく1マイクロ秒あたりの電圧変化を測定することにします。
測定の結果、440nsあたり2.7Vの電圧変化でした。これをマイクロ秒あたりに換算すると、6.136V/μsとなります。この数値は、オペアンプNE5532とほぼ同一の値です。しかし、今回の測定は電源電圧±4.5Vでの測定結果です。一方、NE5532の測定条件は、電源電圧±15Vです。今回制作したヘッドホンアンプを電源電圧±15Vで動作させた場合、スルーレートは20V/μs程度となるでしょう。かなり優秀と言えるでしょう。
性能試験:リニアリティー
三角波と階段波を増幅させて、増幅後の波形がどの程度歪んでいるかを観察します。これにより、信号レベルによって増幅率がどの程度変化するのかを確認します。
三角波の増幅結果です。波形を構成する線は直線で、歪みは見られません。したがって、リニアリティーは十分確保されていると言えます。
階段波の増幅結果です。スパイク状のオーバーシュートが見られます。しかし、それ以外の波形の歪みは見られません。三角波の増幅結果と併せて、リニアリティーは十分確保されていると言えます。また、歪みも低いレベルに抑えられています。
ケースに収める、そしてVカットPCBを使った感想
いつも使っているプラケースが底をついてしまいました。そこで、100均で売られていた、カードケースに収めてみました。
使用した、100均のカードケースですが、意外と肉厚でした。しかも、粘りのある材質で、加工が困難でしたが、何とかなりました。
今回初めてVカットPCBを使用しました。追加費用を払わせられたり、シルクを手入力しなければならなかったり、結構苦労しました。しかし、追加費用を加味しても、経済性は高いです。PCBの分割は、想像していたよりも簡単でした。アマチュアで、大量にPCBを作ることは、そうそうないとは思います。しかし、一度は試してみても良いでしょう。面白いですから。
さて、今回作ったヘッドホンアンプの音についてです。性能試験の結果を見ていただけば、ある程度想像はつくと思います。一切の味付けはありません。また、出力はトランジスタから直出しです。しかも、出力端からフィードバックしていますので、理論上のダンピングファクターは無限大です。悪く言えば面白みのない音です。よく言えば原音に忠実です。
ちなみに、消費電力は0.135Wでした。市販の9V乾電池で、丸一日動作するでしょう。電源投入時のポップノイズはありますが、わずかです。したがって、接続したイヤホンやヘッドホンに悪影響を与えることはありません。我ながらよくできたヘッドホンアンプだと思います。