シンプルなヘッドホンアンプを作る
シンプルなヘッドホンアンプを作りたいと思います。これまで、かなりの数のヘッドホンアンプを作ってきました。そして、ここ最近は、ほとんどの場合、狙った性能を出せるようになってきました。しかし、性能を追い求めると、回路は複雑さを増します。使用する部品の数も増えます。今回は、割り切った性能に留めることで、シンプルなヘッドホンアンプを作りたいと思います。
絶対に外せないこと
しかし、どうしても譲れないことがあります。一つは、信号経路からのコンデンサ排除です。信号経路にコンデンサを使わないとなると、トランスを使うか、差動増幅にするしかありません。そこで、今回も差動増幅回路を使用します。
差動増幅回路を使うと、必然的に、電源は2電源になります。出力はプッシュプルが順当です。そうなると、電圧増幅段と、電力増幅段の間にボルテージシフトを行うバッファが必要になります。もちろん、電力増幅段をA級動作にする方法もあるでしょう。しかし、消費電力を考慮すると、電池駆動の場合、AB級動作が適切です。
ということで、拘りを貫くと、選択肢は狭いものになります。
回路設計
シンプルなヘッドホンアンプの肝は電圧増幅段です。特性重視の設計にするのであれば、差動増幅二段構成が順当でしょう。しかし、今回はシンプルな設計としますので、差動増幅は一段構成とします。
電力増幅段は前述のとおり、プッシュプルとします。
ボルテージシフトとバッファアンプの二つの機能を持った、ダイアモンドバッファを使用します。これを、電圧増幅段と、電力増幅段の間に設置します。
今回の回路では、オープンループゲインの不足が予想されます。LTSpiceでシミュレーションした結果が以下の図です。
負帰還が有効に働くには、高いオープンループゲインが必要です。しかし、シミュレーションの結果では、30dB程しかありません。不足の場合、出力信号のオフセットが増大し、歪みが大きくなる可能性があります。対策として、負帰還抵抗を小さくし、負帰還電流を多く取る設計にする必要があります。
負帰還を掛けた状態でのシミュレーション結果は以下のとおりです。
クローズドループ時のシミュレーション結果では、利得は15dB程度です。これは、概ね狙いどおりの数値です。また、位相回転は、最大でも110°程度です。したがって、発振の危険は無いといってよいでしょう。
回路図
今回は、シンプルな回路とするのが目的です。しかし、シンプルにした結果、出力オフセットの上昇や歪みの増加が予想されます。対策として、負帰還電流を多くするため、負帰還抵抗を小さくしました。これに合わせ、反転入力のグランド抵抗も小さくしました。なお、使用トランジスタは、回路図ではKSC1815とKSA1015となっています。しかし、実際に使用するのは互換品の2SC1815と2SA1015です。
組み立て
今回もPCBを起こしました。いつものようにEasyEDAを使って基板を設計しました。いちいち基板を起こすのは面倒に思われるかもしれません。しかし、部品の配置さえ何とかすれば、配線はAutoRoute機能で自動的に行ってくれます。
PCBが出来上がれば、あとは部品を植えるだけです。
性能試験:矩形波の増幅
実際にテスト信号を入力し、出力を観察します。先ずは、矩形波の増幅を行い、結果を観察します。矩形波を使った試験では、歪みがどの程度発生するかを確認できます。
先ずは、1Hzの矩形波から確認します。
シンプルな回路ですが、DCアンプです。更に、信号経路にコンデンサは使っておりませんので低い周波数でも、歪みのない信号が出力されます。これが、DCアンプの醍醐味です。
次に1kHz矩形波の増幅結果です。
信号の立ち上がり部分に、わずかなオーバーシュートが見られます。しかし、この程度の歪みであれば、聴感上の影響はないと思われます。したがって、対策は採りません。
次に、20kHz矩形波を見てみましょう。
歪みがやや大きくなりました。しかし、20kHzという周波数は、可聴域の上限周波数です。したがって、図に表れているオーバーシュートは聴感上悪影響はありません。したがって、対策は採らず、受け入れることとします。
性能試験:正弦波の増幅
正弦波を入力した時の出力波形を観察します。正弦波の増幅では、クリップによる波形の潰れや周波数による振幅の変化を観察します。これにより、周波数特性を知ることができます。
1kHzの正弦波入力時に、出力が1.2VP-Pとなるように、入力信号を調整しました。1Hz正弦波入力時の出力振幅は1.2VP-Pです。したがって、振幅の変化はありません。しかし、残念なことに、Vavgの数値を見ると、-57mVと表示されています。これは、信号のオフセット量を示しています。しかし、20Ωのヘッドホンに、57mVの電圧を加えた時の電力は0.16mW程です。しかも、負荷接続時にはオフセット量が数分の一に減ります。この程度であれば、悪い影響を与えることは無いでしょう。
1kHz正弦波と20kHz正弦波の出力波形とも、振幅とオフセットは1Hzとほぼ同一です。したがって、可聴域での振幅変化は無く、また、オフセットにも変化が無いことが解ります。
次に、-3dBとなるカットオフ周波数を探ってみました。
カットオフ周波数(-3dBポイント)は510kHzでした。AMラジオのRFに近い周波数です。
性能試験:スルーレート他
スルーレートの測定も行ってみました。スルーレート(Slew rate)とは、信号の立ち上がりの速さを示す数値です。この値が大きいほど、信号遅れが少ない=入力に対する出力の追従性が高いことを示しています。
測定の結果、670nSあたり1Vの電圧変化でした。これを1μSあたりに換算すると、1.49V/μSとなります。この値は、オーディオ用としては十分です。
次に三角波と階段波の増幅を行い、直線性の確認を行いました。
三角波、階段波共に、波形に歪みは見られません。したがって、電圧による増幅率の変化は無く、リニアリティーは十分に確保できていると言えます。
今回作成したヘッドホンアンプの場合、電源電圧9V時の出力最大振幅は、1.2VP-Pでした。これを超えると、波形の山の部分が潰さた形、所謂クリップが生じます。最大振幅1.2VP-Pとすると、20Ωのヘッドホン接続時の出力は16mWとなります。少し寂しい数値です。しかし、一般的なイヤホンであれば、十分以上の音量が得られるでしょう。しかし、一部のインピーダンスが高いヘッドホンを鳴らすのには力不足です。
実際に聴いてみた感想
今回は、部品点数が少なく、シンプルなヘッドホンアンプを作ることを目的としました。しかし、信号経路にコンデンサを使わないというこだわりは捨てることができませんでした。そのため、差動二段の回路と比較して、トランジスタ4個、抵抗6個の削減にとどまりました。
今回作成した、シンプルなヘッドホンアンプの音は非常に素直で、オーディオ用として満足できるものでした。また、性能試験の結果や、周波数特性のシミュレーションでもわかるとおり、フラットです。スルーレート重視で、回路の低インピーダンス化を過剰に行った場合のような高域の強調はありません。かといって、高域が出ていないわけではありません。非常に素直な音でした。