『共喰い』

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tomogui『共喰い』が芥川賞を受賞した時の著者田中慎弥氏の記者会見は今でも印象に残っています。「もらってやる」という少しすねたような言い方が何となく『共喰い』の主人公である少年の描写からにじみ出ているように感じます。

さて、この『共喰い』という本ですが、他に『第三世紀層の魚』と瀬戸内寂聴氏と田中氏の対談も収められています。私個人としては『共喰い』よりも『第三世紀層の魚』の方により強い感動を覚えました。主人公の遠馬少年とその曾祖父との心の交流、そして夫に先立たれた共通の境遇にある母と祖母の遠馬少年との対話は実に暖かく、決して恵まれてはいないが心を満たすものにあふれた触れ合いが淡々と描かれています。

『共喰い』と『第三世紀層の魚』双方に共通して主人公は魚釣りを半ば日課としています。そして、主人公の少年を優しく支える母の存在が時に嫋やかに、時に激しさを伴って描かれています。読者は主人公の少年と共犯になったような感覚を得ます。会話も、少年の心模様も見事に描かれた名著です。