『草枕』

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”智に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。”という文から始まる広く知られた作品です。著者は文豪夏目漱石氏です。最晩年に書かれた『明暗』と比較するとかなり理屈っぽく、読者の事を案ずるよりも前に、作者自身の欲に従って書かれたように感じます。

作者自身が那古井の小天温泉に逗留した体験をもとに創作された作品と言われています。主人公である絵描きが、絵を描くために訪れた那古井の宿で知り合うことになった那美をモデルに絵を描くことにします。しかし、どうにも那美の顔が上手く描けない。逗留中、度々那美の奇矯な行動に絵描きは翻弄されるのであるが、別れた夫が去ってゆく様を偶然に見ることとなった那美の表情、これこそが絵描きの欲していた表情であったという結末にいたります。

夏目漱石氏の作品を読むたびに思うのですが、主人公の生活感が殆ど感じられません。『明暗』では日々の生活も借金に頼るような生活で有りながら、主人公は病気療養の為に旅に出てしまいます。『明暗』は断筆となってしまったため、何日間療養の旅に出ていたかは知る由も有りませんが、二三日という事はないでしょう。『草枕』では少なくとも6日間、『心』に至ってはひと夏を旅先で過ごすわけなのですが、実に優雅に描かれています。明治の人たちはこんなにも優雅な生活をしていたものなのでしょうか。どうにも理解できません。

しかし、志賀直哉や太宰治の作品も優雅な生活が描かれていますね。太宰治の『斜陽』に至っては、ほんとに斜陽なのかを疑ってしまいます。